フィールドワークで見る インドネシアとイスラームの今

文化人類学を専門とする、石巻専修大学の西川慧先生。研究対象とともに過ごすフィールドワークの手法で、インドネシアにおける親族とイスラームの関係を研究しています。これまでの研究や今後の展望、フィールドワークのコツについてお話を伺いました。

目次

留学を機にインドネシアへ

大学生の頃に交換留学の機会があり、行き先として英語圏以外を希望していました。担当課に相談に行くと、インドネシア人に日本語を教えている先生がおり、勧められるままにインドネシアに行ったのがきっかけでした。

現地に行くまでは、インドネシアのイスラームにすごく厳格なイメージを持っていましたが、実際には、ムスリムの間でも女性の地位向上や貧困解消のためのプログラムがあると聞き、それまでのイメージとは全く違う多様性を感じました。宗教も言葉も民族も違う人たちが混ざり合い、衝突しながらも調和を保っている状況を面白く感じ、インドネシアが好きになりました。インドネシアの国是に「多様性の中の統一」という言葉がありますが、そんなダイナミックさがインドネシアの魅力だと思いました。

その後も調査や資料収集のために、ほぼ毎年現地に行きました。卒業論文ではイスラーム指導者について文献や資料を読んでまとめました。

西川先生がフィールドワークをされている村の遠景=西川先生提供

インドネシアに住み込み研究

大学院では、フィールドワークとしてスマトラ島のある村に“息子”として受け入れてもらい約2年半住み込みました。日々出会った人の話を聞き家族の日常について回ることで、現地の親族家族をイスラームとの関わりから見ていこうというねらいです。

村では頻繁に結婚式などの人生儀礼が行われているので、どんなことが行われているかを観察しました。例えば、どんな贈り物を渡しどんなお返しをもらっているのか。それをお金に換算するといくらになるのかの計算もしました。

ほぼ100%がムスリムの地域だったので、朝から晩まで毎日の生活にイスラームが織り込まれていました。例えば毎日のお祈りがそうです。結婚式もイスラームで定められた正式なやり方で挙げないと夫婦関係として認められません。

大変だったことの一つは水の確保です。当時は村には水道がなく井戸水を使っていましたが、油っぽかったので体を洗う際には川で行いました。慣れると毎日川遊びしているようで楽しかったですが、最初は衝撃でした。

また、村は人間関係がすごく濃いので一人の時間がなかなかとれず辛かったです。調査で入っているのでインタビューやデータをまとめる時間が欲しかったのですが、一人で部屋にこもるのは村の日常からすると異常なこと。夕食後はベランダに出てコーヒーを飲みながらみんなで歓談するのが日常でしたが、それが2年半ずっと続いたのは大変でした。

人生儀礼に向かう車=西川先生提供

国内外でインドネシアについて研究

現在取り組んでいる研究は3つあります。

1つは大学院時代の研究の継続です。スマトラ島に住むミナンカバウ人にとって親族とはどういうものかを研究しています。ミナンカバウは、いわゆる「母系社会」で、母親から娘に土地や財産を継承させるシステムですが、イスラームの決まりでは親の財産の継承は男性が2に対して女性が1の割合です。ミナンカバウのやり方はイスラームのやり方とは違いますが、ミナンカバウの人々はそれでも自分たちはムスリムで、イスラームの規範に照らして間違っていないと主張します。その点も含めて、ミナンカバウの人びとにとって親族はいかなる存在なのかを調べています。

2つ目は、インドネシアの男性の家事や育児への参加についてです。イスラームは男性が威張り女性が抑圧されているイメージがあるかもしれませんが、実は男性が思った以上に家事や育児に参加しています。

現地では最近、イスラームの教えに従い、男性は外で稼ぎ女性は家にいた方がいいという考え方が強くなっています。でも生活にお金のかかる都市部では、夫の稼ぎだけではやっていけず、女性も社会に出て働きたいという人も増えている。イスラームの教えに即したジェンダーの規範と実際の現実を踏まえた上で、男性はどう家事や育児をしているのかが気になっています。

3つめは、石巻の技能実習生についてです。漁船員として働いているインドネシア人の実習生がたまたま自宅の近くにいて、その人たちがモスクを作っていました。イスラーム教を信仰する人が多いのですが、その人たちの生活に関心をもっています。モスクは東日本大震災の津波で一番被害の大きかった場所に立てられているので、復興との関わりについても研究したいです。

今後注目したいのは、社会が発展するにつれ保守的なイスラームの人が増えていることです。日本で生活していると、社会が発展すれば宗教に頼らなくなっていく感覚があると思いますが、インドネシアでは逆のことが起きています。もっとイスラームの規範に即した生活をしたいという人がどんどん増えています。

そういう人たちはジェンダーの観点でみると保守的なことを考えていますが、現実には夫だけの稼ぎでやっていけず、妻がもっと働こうとしています。子どもを持たない選択をする家庭も少しずつ出てきています。保守的な考えを持つイスラームの人たちが増えている現状と、ジェンダーや家族のあり方とがどのように結びついているかが注目ポイントです。

考え方を柔軟に変えてみる

探究活動では、考え方を柔軟に変えていくということをぜひ身に着けてほしいです。現場に出てみると思っていたのと違った、という刺激をぜひ楽しんでみてください。 

大学のゼミでもフィールドワークを教えています。初めてフィールドワークに入る学生に伝えたいのは「仮説を変えることを恐れないで」ということです。初めに自分の頭の中で考えていたことと、実際に話を聞き行動を観察したこととは違って当然です。そこで無理に仮説を通そうとせず、一度壊して、実際見聞きしたことを元にまた考えてみる。その繰り返しを何度もできるといい探究になるのではないかと思います。

テーマとして社会や文化を考えるなら、地域の広報誌やフリーペーパーを集めて自分の周りでどんなことが起こっているかを見つめてみるといいのではないでしょうか。高校生は普段あまり見ないかもしれませんが、地域のフリーペーパーはすごくおすすめです。新聞の地方欄も、自分の住んでいる場所を見直すのに役立ちます。自分たちの生活をちょっと違う視点から見てみると面白いテーマが見つかるのではと思います。

自分の高校生活を振り返って思うのは、学校以外の世界に関心を広げてほしいということです。新書を読んでみたり、今ならYouTubeでもいいかもしれません。進路を考える上でも役に立つし、その後の生き方を考えるきっかけになるでしょう。

おすすめの本
川口幸大「ようこそ文化人類学へ」(昭和堂)

文化人類学について身近な例を取り上げながら書いているので、高校生にも読みやすいです。読みやすさの中にも異文化を研究する文化人類学のエッセンスが濃縮されていて、自分たちの当たり前を問い直すような本です。探究学習のテーマを探すのにも役立つかもしれません。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

石巻専修大学の学びを知る

①西川先生のゼミが大川小学校での伝承活動に参加した時の様子

②地域連携プロジェクトに取り組む石巻専修大学生の声

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