
楽器を演奏しているかのような感覚で街を散策できる「人流楽器」の開発を進めてきた東北大学大学院の林秀星さん。メンバーである佐野風史さん(慶應義塾大学大学院)とともに、「人流データ」と「音楽」をかけ合わせた実装を進めてきました。MiTOHOKU Program採択期間の前半で実証を行った林さんがどんな気づきを得てプロジェクトを進化させていったのか、お話を伺いました。

偶然から始まったジャズフェスでの検証
「人流楽器」は人流データと音楽をかけ合わせ、楽器を演奏しているかのような感覚で街を散策できるアプリケーションです。人流データを研究し、自身も幼いころから音楽に親しんできた林さんがサウンドアーティストの佐野さんとともに開発を進めてきました。
MiTOHOKU Program期間中、大きな実証となったのは、2025年9月に開催された仙台市の一大イベント「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」での実証でした。
この実証が実現したのは、2024年に林さんが出場した「東北大学ビジネスアイデアコンテスト」がきっかけでした。プレゼンテーションで人流楽器を紹介し「ジャズフェスのような場所で実証ができたら面白い」と話したところ、偶然にもジャズフェスの運営メンバーの方が会場に居合わせ、「ぜひ実証してほしい」と声がかかったのです。
林さんはジャズフェスに向けてiOSアプリを開発。ジャズフェスを訪れた来場者の方にアプリをダウンロードしてもらい、「人流楽器」を体験してもらいました。

人流楽器では、町の飲食店情報を様々な音に変換し、街を歩きながら楽器を演奏する機能や、街を移動することで地図上に弦を張り、弦の上を再び移動することを弦をはじいたとみなして演奏する機能を作りました。弦の演奏は、曲がりくねった道を通ると弦が短くなるので高い音が鳴りやすく、直線的な道を通ると弦が長くなるので低い音が鳴りやすいといった特徴があり、誰かの作った弦を鳴らすこともできます。
結果として、ジャズフェス当日は100人以上がアプリをダウンロード。アプリを利用した人からは、「自分が奏でた音が他の人にも届くといい」、「まちに誘い出してくれるような仕組み」といった声も寄せられました。林さんたちはやりたいことがユーザーの方々にアプリ利用を通して自然に伝わったことで自信を持てたそうです。この手応えを支えに次年度のジャズフェスでの実証にも意欲的に臨みたいと意気込んでいました。

林さんの目的は、「人流楽器」の実証や認知拡大に加え、アプリを通して取得し分析したデータを提供することが事業につながるかを検証することでした。アプリをダウンロードした人の人流データを分析することで、「ジャズフェスに参加した人の移動」のみを分析することが可能になります。
ジャズフェスは仙台市中心部40カ所ほどにステージが設置されます。実際に人流データを分析してみると、ステージが設置されている場所の中でも西側の仙台西公園に人が流れていることや、西公園のステージに参加する層の滞在時間が長いことがわかりました。
ジャズフェスの運営者のみなさんはもう少しアーケード等がある仙台市中心部に人が流れていると予想していたそうで、このデータは予想外の人の動き。「西公園に人が流れていて滞在時間が長いなら公園のステージの広告枠も新たな広告価値を持つ場所として打ち出せそうだ」という話題にもなりました。また現在ステージのない場所にも人が移動している事実が明らかになり、新たなステージ配置への示唆も得られました。
林さん自身も目的であった事業性の検証を行うことができ、今後も機能をアップデートしながらジャズフェスでの検証を進めていきたいと考えています。
音楽から「探索」へと概念を深める
9月のジャズフェスでの検証を終えると、1月の最終発表までの間はチームで「これからなにをやっていきたいのか」の言語化を進めていきました。
MiTOHOKU Programメンターとの対話も踏まえ、自分たちがやりたいことを考えている中で、「人流楽器」が進めたいのは単なる移動ではなく、「やっていないことを、やり続けるライフスタイル」、すなわち「探索的ライフスタイル」を推進することであることに気が付きました。
「探索的ライフスタイル」とは、単に知らない場所に行くことに限らず、知らなかった体験やこれまで避けていた行動を少しずつ試していくこと、そしてその一部が自然と日常に取り入れられていくような、変わり続けるライフスタイルのことです。

探索とは、知らない場所へ行くことに限らず、認知していなかった体験や、あえて避けてきた行動を少しずつ試し、それらを日常に取り入れていくこと。林さんは「自分たちの好きなことに気づき、言語化ができたことがこの半年間の大きな成果だった」と語ります。林さんは「人流楽器」の開発を続けるだけではなく次のアプリの開発を進めており、すでにプロトタイプを公開しています。

MiTOHOKUの温かな空気感に支えられた半年間
MiTOHOKU Programには、「好きなものを作ればいい」と背中を押してくれる空気感があったと林さんは話します。キックオフキャンプ、中間発表、最終発表と3度あるプレゼンテーション機会ではいつも起業家やエンジニアの方から温かなフィードバックを得ることができました。キックオフキャンプでメンターが語った「チームメンバーに愛と感謝を伝え続けることが大切」という言葉も、プロジェクトを進める上での支えになりました。
また、自由に使える開発資金は、位置情報を扱う上で不可欠なプライバシーポリシーの整備や、開発用AIツール等に使い、少人数のチームでありながらも質の高い開発を支える大きな助けになったと言います。
MiTOHOKU Programでの半年間を起点に、「探索的ライフスタイル」を社会に根づかせる挑戦を続けていきたいと話す林さん。「人流楽器」は今、都市のあり方や人間の生き方そのものを変容させるプロジェクトへと進化しています。

