「哲学」から探究を考える

「哲学」を専門としている尚絅学院大学の箭内任(やない まこと)先生。哲学と聞くと、何か難しそうな感じがします。

箭内先生に「哲学の楽しさは何ですか?」と聞くと、箭内先生はこう答えました。「楽しいとか楽しくないとかって何だろう。それを考えるのが哲学です」。哲学の奥深さと探究活動へのアドバイスを、箭内先生にお話しいただきました。

目次

◆ 研究をはじめたきっかけ

みなさんは哲学と聞いて、どんなイメージを持ちますか?「堅苦しいな」と思う方もいらっしゃると思います。哲学の「哲」という字には「賢い」という意味があります。英語で言う「philosophy」を日本語に訳したものですが、もともとは「知恵を愛する」という意味がありました。

私自身は高校時代の「倫理・社会」(現在の課程では「倫理」)という科目で哲学者が紹介されているのをみて哲学に興味を持ちました。そこからいろいろな哲学者に関心を持ち、特に三木清の『哲学入門』などさまざまな哲学の入門書を読みさらに関心が深まり、大学で哲学を専攻することにしました。そして大学では、哲学だけではなく宗教や神学、社会や政治についていろいろな視点を与えられました。

2. どんな研究をしているか

あえて言えば、哲学全般を研究していると言えます。ただ、その中で「公共」という概念に着目し研究をおこなっています。この「公共」という考えは高校生にもぜひ考えてほしい考え方です。2022年度からは高校でも「公共」という名前の科目が始まりましたね。

高校生のみなさんに聞きたいと思いますが「公(おおやけ)」とはどんな意味でしょうか?

「公」と聞けば、「政府」や「自治体」ということが頭に浮かんだ方も多いでしょう。

しかし、ちょっと違った見方をしてみましょう。

図書館は「公立図書館」でしょうか?それとも「公共図書館」でしょうか?

どうですか?図書館は確かに自治体が運営する「公立」の場所でもありますが、もうひとつ「誰もが集うことができる公共の場」という意味合いもありますよね。そうなると「公」というものは「パブリック(public)」という意味を持っているということがはっきりとしてきます。

さらにもう1つ質問です。あなたはいつも「公」の立場で授業を受けていますか?それとも「私(private)」の立場で授業を受けているのでしょうか?

こういうところから少しずつ頭をほぐしていくわけです。当たり前だと思われている「常識」とは違った見方をしていく、現状として与えられたところとは違った観点からその現象を理解しようとしていく、それが哲学的な考え方です。

私の授業では、議論することを大事にしています。

授業の中ではいろいろな問いを学生に投げかけています。哲学は目の前にあります。みなさんの身の回りにあります。例えば、「数とは何か?」、「1時間という時間は長いか短いか。その時の時間の意味は何か?」、「この机はなぜ存在するのか?そして、なぜ机であるとわかるのか?」、「神はいるのか、いないのか?それを証明するとはどのようなことなのか?」などを授業で投げかけて学生に考えてもらっています。

どの問いも、すぐに答えが出てこないものばかりです。

答えがすぐ出てこないと、やめてしまいたくなる。でもそこで、「ゆずれないこだわり」を持って考え続けられれば、それは哲学につながっていきます。哲学は自己を学び、他者を学び、社会(世界)を学ぶということだと考えています。

古代の哲学者ソクラテス(BC469頃-BC399)は「問答法」という方法を用いて、市民の方に「どう思いますか?」という問いを投げかけて考えてもらうようにしていました。古典の中にこそ、現代に生きる智慧(ちえ)があります。例えば最近「ケア」という言葉をよく聞くようになりました。しかし実は、ソクラテスも「魂の配慮」という言葉を使って同じことを言っているのです。


近代の哲学者カント(1724-1804)には「人は哲学を学ぶことはできない。ただ哲学することを学びうるのみである」といった言葉があります。また「いっさいの書かれたもののうち、わたしはただ、血をもって書かれたもののみを愛する。血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう」と語ったニーチェ(1844-1900) という哲学者もいます。この二人の 哲学者の立場は全く異なったものなのですが、「哲学」について考える際にはとても大切な言葉であるように私には思えます。

3. 未来へ向けて・高校生へのメッセージ

みなさんも探究活動をされていると思いますが、哲学を学んでいる視点から、考え方のアドバイスをしたいと思います。

1つ目は、「わかったつもり」にならないこと。

インターネットを見れば、たくさんの情報に触れることはできますが、そのためかえって「わかったつもり」になってしまう危険性もあります。それは「人から借りてきた言葉」で理解しているからです。言葉の意味は何か?そして何が問題か?などを「自分自身で」考えてみることが必要です。じつは多くの人はこれができないのです。

2つ目は、「材料を整える」。

まずは材料をそろえないと「探究」にはなりません。例えば、目玉焼きを作るときに何が必要ですか?卵だけではないですよね。フライパンと油と、あと調味料が必要。卵だけでは目玉焼きはできないし、フライパンを火にかけるだけでも目玉焼きはできない。だから材料をそろえることが大事。まずは文献を読んでみて、考えるきっかけをつかんで、そこから少しずつ問題を膨らませてみなければなりません。

3つ目は、「次につなげる」ことが大事。

たとえ答えが見つからなくても、解決策が見つからなくても、ちょっと不満が残っても次につなげることが大切です。最近の馴染みのある言葉で言うならば、次にもう一歩踏み出してみる、ということ。これが大切です。

哲学の考え方は探究に通じるところがあります。というよりも、探究そのものが「哲学」の根本的な姿勢です。それを考えれば、みなさんは知らず知らずのうちに哲学に触れているということになります。ただ、自分なりの考え方を身につけるためにも何かゆずれないこだわり」を持って物事を考えていくことが大切なのです。

探究テーマを広げる問い

「知る」ということは、なぜみなさんの生き方にとって、生活にとって大切なのでしょうか?

◆おすすめの本

『ソクラテスの弁明』(プラトン)

古代ギリシアの哲学者・ソクラテスはアテネの市民に断罪され処刑される。その法廷の場でソクラテスが語った言葉をまとめた本。箭内先生は「人生の中で読む時期によって読み方が変わってくる。哲学の根本に触れられる」とすすめる。

◆こんな問いについても考えてみよう

あなたの目の前にある机は、なぜ存在すると思いますか?また、それがなぜ机であるとわかりますか?[認識論]

人はなぜ神や魂や愛など、目に見えないものを大切に思うのでしょうか?[形而上学(けいじじょうがく)/存在論]

人の生き方には、そして社会のあり方には決まりごとがあるのでしょうか。そもそも生きる意味は何ですか?[倫理学]


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