岩手の「森のようちえん」 自然の中で、子どもたちが生きる力を育む。

 岩手県普代村で「つちのこ保育園」の園長をしている保育士の高浜菜奈子さん。自然の中で子どもたちを育てる「森のようちえん」を実践しています。子どもたちの活動は自然の中での外遊びが中心。なぜ自然の中で子どもたちを育てているのか、ご自身の子育ての経験も含めて、お話を伺いました。

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循環型地域を作る

 もともと子どもが好きで、子どもに関わる仕事がしたいと思っていました。バレエを習っていて、体を動かすのが好きでした。バレリーナになるのは難しいので、幼稚園の先生として幼児教育に携わるか、体育の先生になろうかと考えていました。

 転機になったのは、高校生の時にバレエの関係で行ったオーストリアでの経験です。そこで5歳くらいの子どもがものをもらったり、何かを盗もうとしたりしているのを見て、衝撃を受けました。そこからは児童労働など子供にまつわる国際的な問題を解決したいと思うようになり、国際協力の道に進もうと思いました。

 そして大学3年生の時に、NPO法人の活動に参加し、約1年間カンボジアでの活動を行いました。そこで感じたのは、日本側の課題です。例えばカンボジアでカシューナッツを生産する生産者さんの現場を見たのですが、掘っ立て小屋みたいなところに住んでいて住む場所も整っていないのです。そのカシューナッツは日本で食べられるために生産されています。発展途上国に安価な服を作ってもらっているのも日本です。日本が国と国との格差を大きくさせていると感じたのです。

 それならば、日本で循環型地域を作った方がいい。例えば地域で生活に必要なものが循環し、余剰になった嗜好品を他地域と対等に取引できる社会を作ってみてはどうか、と思い日本に戻って循環型地域について学べるNPO法人の活動に参加し、そのご縁で岩手県の北三陸地域に移住しました。

育ちの芽は常に、子どもの中にある

 岩手県普代村で「つちのこ保育園」という保育園を2021年に始めました。「森のようちえん」と言われる、屋外での遊びを大切にした保育園です。畑があり、小川が流れていて、山もある。その自然の中に、木で作られたステージがある。そんな空間に保育園があります。子どもたちは、山道を通って登園します。

 保育内容は「自由保育」。基本的には野外での遊びを大切にしています。毎日、やることはかわっていきます。お散歩や造形、森探検、どろ遊び、畑仕事、ヤギの世話。毎週水曜日は野外調理の時間があり、みんなで味噌汁を作っています。

 また、アートの教育にも力を入れています。子どもが表現しているものを肯定し、表現の選択肢を用意したいからです。子どもの表現の仕方は自由です。100人いれば、100通りの表現の仕方がある。例えば霧吹きに色水を入れて、ずっと「シュッシュ」と繰り返している子どもがいます。本当は黄色のはずのパイナップルを紫色に塗る子どももいます。それが子どもたちの「方言」なので、私たちは子どもそれぞれの表現を大切にしてあげたいと考えています。

 子どもたち1人ひとりが「小さな宇宙」だと考えています。子どもたち1人ひとりが「宇宙」だと考えれば、逆に大人が枠を作って接してしまうこともありうる。子どもたちの枠にとらわれない世界観を大切にすることが大切ではないかと考えています。

 これは、私が2人の子育てを経験して実感したことなのですが、私たち大人は、20年、30年生きてきた中で、どうしても「こうやったらいいんじゃないか」という枠ができてしまう。ただ子どもはまさに自然・野性的な存在。入園当初は枝が好き、そこから土、火に興味…みたいな感じでまさに人類の進化を見るように成長しているように感じます。

 私たちの園では、雨でもカッパを着て、外遊びをします。「雨だから外で遊ばない」のが普通の考え方だと思うのですが、雨の中でも工夫して遊んでほしいと考えているからです。困る経験、失敗する経験も大事にしてあげたいと考えています。

 室内だと、人間が作ったものに囲まれて工夫ができなくなるかもしれない。だからこそ自然の中で、いのち、生き物に囲まれて生きることがよいと考えています。雪の結晶、色鮮やかな葉っぱ、松ぼっくりから生えるキノコ、セミの抜け殻、木の枝…いのち、生き物に囲まれて生きることがよいと考えています。

 幼児期はとても大切な期間だと思います。自分の地図を創り、広げていく段階。それならば不用意に大人が修正する必要はないと考えています。そこに必要なのは自分が好きなことを好きなだけやらせること。嫌い、いやだという感情も否定しないことが大切だと考えています。もし他の子どもとぶつかり合うときがあれば、その時に修正をすればよいと考えています。

 この幼児期にまずは体と心を育てる必要があると考えています。子どもは走り回りたくてしょうがない。子ども自身がどこを育てたいかわかっています。走りたい、遊具で遊びたいというのはまずは体を育てたいということだと考えています。そこから、読み書きができるようになり、頭が育っていく段階になるのだと考えています。

 育ちの芽は常に、子どもの中にあると考えています。外から与えるのではなく、子どもたちの中にあるものを大切にしたいと考えています。

移住の決め手として教育を

 岩手県の市町村の中で人口が一番少ない普代村。村の小学校の1学年の人数は15人前後。中には、5人という学年もあります。村の未来を考えれば、何かをやらないといけない状況です。

 では村外から移住していただければいいのではないか、と考えますが、全国の色んな自治体も移住してほしいと考えている。風景がきれいなところ、歴史的な建物があるところ、食がおいしいところもたくさんあります。手のひらを広げて来て、と言っても簡単に移住をしていただけるわけではありません。

 特に子育て世代が移住を考える時には教育が大切だと考えています。「何か」がないと移住の決め手にはならないので、つちのこ保育園で提供する幼児教育が移住のきっかけになれればいいと考えています。

 私たちの取り組みに共感し、村に移住した方が「つちのこ保育園」に子供を預けてくれるようになりました。また、岩手県内にも「森のようちえんをやりたい」という方が他にもいらっしゃいます。保育士2名も移住し、私たちの仲間に加わってくれました。そういう方とつながりながら、子どもたちが自然の中で育つ環境を提供していきたいと思っています。

おすすめの本
福岡伸一「生物と無生物のあいだ」(講談社)

高校生の頃に出会っていたら良かったなと感じる視点の一つだから。生命の神秘、不思議さを堪能することができ、生物学者となった著者が持ち続けている「センス・オブ・ワンダー」は、私の前に居る子どもたちが、自然界に向けるものと同じだと思わされます。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

写真提供=高浜さん

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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