ネットワークの研究 確かな情報と不確かな情報の広がり

人から人へ情報が拡散されていく現代社会。例えばSNSのX(旧ツイッター)は国内利用者数が6650万人以上、普及率は80%以上と言われています。SNSを通じて拡散される情報について研究をされている筑波大学の佐野幸恵さんにお話を伺いました。

目次

SNSの情報拡散の研究とは

インターネット上の人間の集団行動を研究しています。例えばフェイクニュースの広がり方を数理的に表し、人々の関心がどのように推移するのか、実データを元に分析したり、それを数式で表したりしています。数式と実データの分析結果が100%ぴったり合うというようなものではないのですが、傾向を見るために数式で書き表して、実際のデータと照らし合わせてみる、ということをしています。

――情報の拡散について面白いと思うことはありますか。

私がこの研究を始めたのは2011年の東日本大震災のときで、当時はデマ情報の拡散が社会問題になっていました。個人個人がどこでどのようなやりとりをして、情報を得たかといった「情報」は目に見えないものですが、SNSというプラットフォームを通じて、何時何分誰さんから誰さんに情報が流れたというのをネットワークとして見ることができるようになりました。昔だったら考えられないことでしたが、まるで神様になったように情報の流れを眺めることができるのは面白いなと思います。1970年代、社会学で「噂」が研究されていた時は、どこかで噂が発生したと聞くと社会学者が現地にいってインタビューしましたが、なかなか発生源にはたどり着けませんでした。個人の記憶も情報も拡散とともに変化していくためです。一方、現在ではデジタルのプラットフォーム上に情報がパチッと残っているので、それを正確に捉えて可視化することに面白さを感じます。

左:正情報ネットワーク(3.11時のNHKからの公式情報): NhkLatestNews.png
 
右:デマネットワーク(3.11時に「地震兵器」といっている人のネットワーク): JishinHeiki.png

――70年代は「あそこの銀行が危なそう」という噂によって実際に銀行が潰れたなんて話も聞いたことがあります。口コミや情報拡散によって社会に大きな影響が出るので噂は侮れませんね。

2024年も災害や事故など色々ありましたが、どんなときに情報が広がりやすいのでしょうか。

――社会情勢が不安な時に情報が広まりやすいという研究が知られています。災害時は不安ですので、デマが拡散されやすい土壌ができます。ちょっとでも早く情報を知りたいから、多少不確かでも飛びつき反応してしまいます。普段の落ち着いた状況であれば反応しないような情報にも反応してしまいます。

――不安なときこそ情報を見定めなくてはいけませんね。デマ情報を拡散しないよう、個人個人の意識が大切ですね。

――今までやってきてよかったことはありますか。

同じような関心を持った研究者が世界中にいて、そういう方々と交流でき、そこから共同研究の話になったり、仲間がうまれたりすることがあります。本日もカナダで行われるネットワークに関する国際会議への申し込み作業を行っていました。そこに行くと、情報拡散やネットワークに関心を持っている研究者が集まって、最近どういう研究をやっているか話したりします。さらに、同年代の研究者とはお互いのこどもが大きくなった話をしたりもします。研究者にならなかったら絶対会うことはなかったであろう人たちと巡り会えたことにすごく幸せを感じます。

――情報拡散について、海外の研究との共通点はありますか。

――デマ情報の拡散のネットワーク研究を私は日本のツイッターで行いましたが、中国の共同研究者は中国の微博(ウェイボー)のデータで同じような性質を確認し、それらを同じような数式で書き表すことが出来ました。やはり情報拡散のネットワークの性質というのはプラットフォームや国などに関わらず、人間としての一般的な性質なんじゃないかと議論しました。誤情報の拡散では、身近なところに小さなハブのような人がたくさん存在しそこから広がっていくという性質があります。平時では人々は信頼できる情報源から直接引用していきますが、不安なときは「誰々さんから聞いたよ」という話が複数の人を仲介しながら伝わっていきます。それは国を問わず共通して見られました。

――国民性という言葉もありますが、こうして国を超えた人間の性質として確認できたというのは面白いですね。
日本や中国では母国語ですが、英語圏では国境を超えて世界規模な動きが見えてきそうですね。

やはり英語のX(旧ツイッター)が一番研究されています。誤情報拡散の研究はMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究ですごく知られているものがあります。誤情報のほうがすごく早く伝わるし、長く残るというものです。

――誤情報にはそういった性質があると知っておくことが大事ですね。

宇宙に興味を持った子供のころ

こどものころは宇宙が好きで、夜な夜な望遠鏡を持ち出してオリオン大星雲を探したり、宇宙飛行士に憧れていました。

中学生になり勉強がどんどん難しくなってきたのと、いろんな世界を見てみたいとも思うようになり、天文学者や宇宙飛行士から少し心が離れ、青年海外協力隊に参加してみたいとも思うようになりました。大学受験時の進路選択では、天文学や宇宙を学ぶには物理学科というのは知っていて理系クラスにはいました。ただ、物理がそんなに得意でもないし、数学は少しできましたが周りにはもっとできる人がいっぱいいてくじけそうになっていました。海外への興味があり、フランス語学科を受けようかなとも考えていました。母親に相談すると、迷うぐらいだったらとりあえず理系にいきなさい、と力強く勧めてきました。その年、たまたま奈良女子大学物理科学科でAO入試(センター試験と小論文の点数で合否が出る試験)が初めて導入されました。そこで、第一志望としてそれを受験し合格しました。実際には環境系の分野融合的な視点で土木系の大学もいいかな、と思ってそちらも志望していました。


奈良女子大では、同級生40人が4年間ずっと同じクラスで、女子大ということもあって濃密な日々を過ごしました。四年生になって研究室の配属先を決めるときも仲の良い子とたまたま定員に空きがある物性物理の研究室に入りました。超流動に関することを理論的にやっている研究室で、先生から依頼された計算を言われるままにやって、結局何がどう動いているのかさっぱりわからずに終わってしまいました。ただ、こういう現象には自分の興味がないことがすごくクリアに分かりました。そこで物理科学科の中でも割と幅広に対象を扱う複雑系の物理研究室があり、大学院からはそちらで研究することにしました。そこでは自分で作ったネットワークモデルの上でルールを与え情報拡散させるとどうなるか、というような研究を行いすごく楽しかったです。

研究室で出会った本「エコノフィジックス 市場に潜む物理法則」

仕事についた後、再び研究の世界へ

大学院の2年間で好きな研究はやりきったと思ってエアコンの会社に就職しました。エアコンの他に消防システムを作って公官庁に納入する仕事があり、そこでシステムエンジニアとして働きました。2年、3年と続けていくうちに、自分の中で違和感が生まれました。朝5時に家を出て、夜の10時に帰ってくることもある今の仕事はやりがいはあるものの自分じゃなくてもできるかなという気持ちが芽生えました。そして、大学のときに好きだった研究の世界に憧れが生まれてきました。大学のときは、夜中まで夢中になって時間を忘れてコーディング(コンピュータプログラムを作成すること)していたのに、と思い出したりしました。そこで退職し、東京工業大学大学院(東工大)の博士課程に入学しました。奈良女子大の大学院生のときに社会経済物理の本を研究室のメンバーで輪読(みんなで一冊の本を交代で解説し合うこと)したことがあり、その本がすごく好きで心にずっと残っていて、その本の著者の先生がいる研究室に入りました。東工大に入った2007年は奈良女子大の大学院生だったときよりインターネットが普及して、個人のサイトやブログが量産される時代になりました。そこで博士号は東工大で、ブログに現れる言葉の頻度、時系列を色々と分類したり、人々の興味が数学的にきれいな形で描けるというような研究をして博士論文を書き、今までネットワークの研究をし続けています。

今を大切に、ベストを尽くす

今を大切に、現在の自分のベストを尽くしていただきたいと思います。夢を持ってそれに向けてまっすぐ進んで行けるのであれば、それは素晴らしいことだと思います。ただ、私自身もそうだったように、一体どっちにいけばいいか分からない場合でも、とりあえずその場その場で興味を持ったところで自分のベストを尽くして進み、そこまで行って違うなと思ったら辞めて戻ってくればいいし、何度でもやり直せます。自分の問題だけでなく時代も変わってきますしね。自分の研究テーマもそうでしたし、どんどん新しいツールが出てきて研究対象が広がっていくこともあります。その時その時で今を大切にして、最後に自分はやりきったという風な生き方をしていただければいいかなと思います。

「職業としての小説家」村上春樹著

村上春樹さんのエッセイ本がすごく好きで鞄の中に入れて持ち歩いています。とても読みやすくて心に残るものがあります。彼は小説家で自分は研究者、全然違いますがどうやって小説を書いているかという仕事のやり方が書かれていて、共感できます。

例えば、エッセイの中で、村上さんが小説をバーっと書き終わって、そこから一通り描き終わった小説の中で、ある文章を別の段落に移動したり、戻したりしながら作品を仕上げていく様子が書かれています。自分が論文を書くときにすごく通じるところがあります。論文の中で一度は外したはずの文章を、やっぱりまた同じ場所に戻していることに気がついたとき、そろそろこの論文は完成かな、となります。小説も消したはずのものを同じところに戻して、そろそろ完成だな、となるそうですごく分かります。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

【プロフィール】

 筑波大学 システム情報系 社会工学域
准教授 佐野幸恵さん
 
奈良女子大学修士課程修了後、システムエンジニアを経て、東京工業大学博士課程修了。現在、筑波大学にて数理物理・物性基礎、ウェブ情報学・サービス情報学の研究をされていらっしゃいます。

FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。

Youtube:チャンネル登録お願いします

Podcast:ラジオ音声無料公開中

番組へのご意見ご感想お待ちしています。

scienceexpress@gmail.com

写真提供=佐野さん


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

総合科学研究機構総合科学研究員
サイエンス・エクスプレスMC サイエンスコミュニケーター
気象予報士の資格を持ち、お天気の実験教室などを開催。第11、12回気象文化大賞を受賞。

実験の楽しさや自然の素晴らしさ、災害の恐ろしさ、人類や科学のすごさをみなさんと共有していきたいです。この世界はたくさんの知識に溢れている。学ぶってワクワク。一緒に科学を楽しみましょう!

目次