
石巻専修大学理工学部生物科学科の藤原愛弓先生は、実家が養蜂場という環境で生まれ育ち、幼い頃からミツバチと関わってきた経験をもとに、現在は昆虫行動学の視点から、主に在来種であるニホンミツバチの生態や行動を研究しています。石巻というフィールドで広がる学びの魅力とともに、高校生へのメッセージを伺いました。
養蜂場に生まれ育った原体験から、ミツバチ研究の道へ
私は岩手県の出身で、実家は明治時代から続く養蜂場です。両親ともに生き物が大好きで、私自身も幼い頃から自然をとても身近なものとして育ちました。近くの川や野で虫採りや魚採りをしたり、養蜂場にも足を運んで蜂蜜採取やスズメバチ捕獲の手伝いをしたり、物心ついた頃から本能的に生き物が好きだったように思います。幼稚園の卒園アルバムに将来の夢を「ミツバチ科学者になりたい」と書いていたのが懐かしいです。
高校生になって進路を考える時期には、「生き物に関わる仕事で食べていくのはなかなか難しいのではないか」と悩んだこともありました。それでも、「やっぱり小さいころから生き物が好き」「家業でもあるミツバチという生き物や養蜂についてもっと知りたい、学んでみたい」という思いが強くなり、東京農業大学農学部のバイオセラピー学科(当時) に進学しました。
ところが、入学してみると、私が通っていた頃の農学部はミツバチを飼育しておらず、ミツバチや養蜂について学べる授業もほとんどありませんでした。そこで「自分でミツバチを飼育して学んでいこう」と考え、1年生のうちから準備を進め、2年生のときにサークル「厚木ミツバチ研究会」を立ち上げ、家畜種のセイヨウミツバチと、一部、在来種(野生種)のニホンミツバチの飼育を始めました。ミツバチを自分で年間を通じて飼育し、時には失敗から学びつつ、知識や技術を身に着け、経験を積みました。
大学卒業後は、日本の在来種であるニホンミツバチについて本格的に学び研究したいと考え、東京大学の大学院へ進学しました。2011年から岩手県一関市の里山(久保川イーハトーブ自然再生事業地域内)のログハウスを借りて、その地域に生息するニホンミツバチを巣枠式の巣箱に捕獲して継続的に飼育しつつ、ミツバチと寝食を共にしながらフィールド研究を行いました。ツキノワクマやスズメバチなどの野生生物から巣箱を守るために奮闘しつつ、未解明な部分の多いニホンミツバチの行動や生態を様々な角度から調べました。


また、2013年からは岩手県での研究と並行して、奄美大島(現在は世界自然遺産に指定)に生息する南限域のニホンミツバチの保全に向けた生態や養蜂の研究も行いました。その後、大学や企業でミツバチ・養蜂に関する研究教育・技術指導等に携わるとともに、「(一社)日本在来種みつばちの会」の理事としても、講演・観察会・メディア協力などを通じた普及活動にも取り組んでいます。現在は、石巻専修大学に着任しています。

ミツバチの行動を見つめ続け、新たな発見へ
私の現在の専門は養蜂学と昆虫行動学で、主に在来種のニホンミツバチを対象に研究しています。以下、これまでの研究成果の1つをご紹介します。
ニホンミツバチは天敵であるオオスズメバチが巣に襲来した際に、これまでに明らかになっていなかった非常に興味深い行動を行うことが、私の研究から明らかになりました。そのうちの1つが、働き蜂による「多様な生物の採集と巣の入り口周囲への塗り付け行動」です。私が岩手県一関市の里山で研究をしていた秋のある日、両手にカウンターを持って巣箱に帰巣するミツバチの数を計数していたところ、巣の入り口に一枚の緑の葉っぱが貼り付いているのを発見しました。
「なんだろう?」と不思議に思って働き蜂の行動調査を続けると、働き蜂が巣の近くの葉や芽などの植物片を大顎に咥えて持ち帰り、巣の入り口周辺に塗り付けていることが分かりました。さらに、塗りつけられた物質のDNA分析や野外調査などを継続した結果、働き蜂たちは植物だけでなく、キノコ、昆虫、哺乳類などを含む多様な生物由来の物質を、巣の周囲に塗り付けることが明らかになりました。

オオスズメバチは養蜂家にとっても天敵で、最悪の場合、ミツバチを全滅させてしまうおそれもあります。「巣に塗り付け行動が見られたら、オオスズメバチが来ているサインだからすぐに対策しよう」というように、研究で得られた知見をそのまま養蜂の現場に役立てることができるのも大きな特徴です。
さらに、本研究テーマに関して、オオスズメバチの襲来後、ミツバチたちが「緊急ダンス(emergency dance)」と呼ばれる特別な行動をし、巣の仲間に危険を知らせていることも発見しました。天敵の襲来に際し、「大変だ、塗り付けるものを集めてこよう」といった情報を、仲間の間で伝え合っているのです。これまでに報告のなかった新たなダンスであったため、ニホンミツバチが天敵の襲来に対して、巣全体で協力して防衛行動を行う仕組みの一端を示す重要な発見となりました。
上記は私の研究の一例ですが、こうした天敵に対する防衛行動だけでなく、ミツバチがどのような花を訪れて花粉や蜜を集めているのかという「花資源」の調査も、長年継続しています。ミツバチは受粉、つまりポリネーションを通して、地域の農業や生態系を支える大切な役割を果たしています。
私の強みは、研究者であるとともに、養蜂家であり、実践者でもあることです。ミツバチは、長年の飼育現場で培った経験、技術、知識の蓄積がなければ、実際の姿を深く理解しながら研究することができません。また、毎年新たなことが起こるため、現場で起こる変化に柔軟に向き合い、その一つひとつを経験として積み重ねていくことが重要です。私は長年ミツバチと向き合い、飼育の経験やノウハウを蓄積してきたからこそ、新しい行動に気づくことができ、それを自身のルーツでもある養蜂業にも還元していくことができます。
石巻にあるキャンパスだからこそできる、自然と向き合う学び
石巻専修大学のキャンパスには、様々な種類のサクラ、ユリノキ、ヤブツバキなど、構内や裏山にミツバチの蜜・花粉源となる植物が生育しています。現在、大学4年生のうちの一人が大学構内の蜜・花粉源植物の開花時期やミツバチの訪花状況等を調べています。ミツバチの餌となる花資源が少なくなる時期に合わせて、キャンパスの空き地にミツバチを含む訪花昆虫たちが利用可能な花畑(ビーガーデン)を学生たちとともに作っていくことを考えています。

また、ビーガーデンの取り組みの1つとして、多様な昆虫が訪花可能な野菜や果樹などを育てていければと考えています。本学やその周辺地域は豊かな自然環境に恵まれているため、ミツバチや野生のハナバチも多く生息しており、受粉を助けてくれるので、実りも期待できそうです。ミツバチたちにとっては身近な場所で餌を得られ、人間にとってはおいしいフルーツや野菜の結実につながる。そんなふうに、人とミツバチの双方にとってより良い関係を、実際に本学キャンパスを活用した取り組みから学ぶことができるようになればと思います。
私の研究室に所属する学生たちの研究テーマもさまざまです。現在は、ミツバチの行動・生態の解明に取り組んだり、蜜・花粉源植物の調査を行う学生もいれば、辻研究室との共同研究で金華山や牡鹿半島に生息する野生のシカが植物を食べ尽くしてしまうことで、訪花昆虫にどのような影響が出るのかをフィールドで調べている学生もいます。
さらに、日本の養蜂産業を支えている家畜種のセイヨウミツバチと、日本の在来種(野生種)であるニホンミツバチの2種のミツバチを、同じキャンパス内で継続的に飼育している大学は、全国的に見てもとても珍しい存在です。五感を活用して自然と向き合いながら学べるフィールド型の学びが、ここ石巻にはあります。

今後も、ニホンミツバチの「塗り付け行動」や「緊急ダンス」を含む天敵オオスズメバチに対する防御行動などをはじめとする興味深い行動・生態の解明、そして「花資源」に関する研究等を継続・発展させていければと考えています。世界中で飼育され、研究も進んでいるセイヨウミツバチに比べると、ニホンミツバチはまだ解明されていないことも多いです。
だからこそ、これから新しい発見が生まれる可能性に満ちた、とても魅力的な生き物だと感じています。東北での研究に加え、奄美大島でも研究を継続しています。奄美大島のニホンミツバチは本土のニホンミツバチとは少し違った特徴を持っており、体サイズや活動の時期、天敵との関係、島の気候に応じた活動の特徴など、本土のニホンミツバチとは異なる生態が見られることがこれまでの研究から明らかになっています。島という限られた環境に生息するニホンミツバチの特徴を明らかにすることは、地域個体群の保全や、奄美大島に適した養蜂のあり方を考えるうえでも重要です。
これからも、ミツバチを見つめ続け、ミツバチの行動や生態を追究しながら、持続可能な養蜂の発展と地域の生物多様性の保全に貢献していきたいと考えています。
高校生の探究活動へのアドバイス:好きなものを見続けることから始まる
探究活動に取り組む高校生の皆さんに伝えたいのは、「自分の興味があることを、とことん追及すること」の大切さです。
私自身の研究も、巣箱の入り口についていた1枚の葉の欠片に気づいたことから始まりました。「なぜ、こんなところに葉っぱの欠片がついているんだろう?」。そんな小さな疑問を持ち、朝から晩まで巣箱の前に座って観察し続けたからこそ、新しい行動の発見につながったのです。
今はネットやAIが発達し、検索すれば大抵のことはすぐに何らかの答えが返ってくる時代です。だからこそ、自分の五感を活用して観察し、ささいな変化に「気づく力」は、人間ならではの大切な価値になると思います。対象は生き物でなくてもかまいません。自分の好きなものにまっすぐ向き合い、見続けていくことで、きっと新しい世界が開けてくるはずです。

写真提供=藤原先生
