岩手県北上市のガス会社、北良株式会社代表取締役の笠井健さん。東日本大震災をきっかけに、避難や水の課題など様々な防災に関する取り組みを行ってきました。社会の課題を解決し続ける笠井さんがどんな課題と向き合い、どんな解決策を考えてきたのか。震災後、10年にわたる長編のストーリーと課題を解決するために必要な心構えを聞きました。
「防災」に携わるきっかけ
岩手県北上市にある「北良株式会社」の代表をしています。家庭用、産業用、医療用のガスの製造・輸送・販売を手掛けています。もともとは東京でシステムエンジニアをしており、北上市にUターンしました。
「防災」に取り組むきっかけとなったのは、2011年3月11日の東日本大震災でした。広い地域で長期間停電が発生し、自宅で医療機器を使用している患者さん、病院などが被災し多くの方が医療を継続できない状況にありました。こうした災害時に備えて準備していた災害用の酸素ボンベを社員が患者さんの安否確認をしながら届けたり、県立病院に設置した酸素ボンベの配布場所についてラジオを通じて案内したりと、命をつなぐための活動を日夜、行っていました。
こうした経験をもとに、次の災害に備えて、災害で実際に役に立つモノ、人づくりが必要と感じ、「医療と防災のヒトづくり×モノづくり」プロジェクトをスタートしました。
「ANPY」で在宅患者の避難課題解決に
初期に取り組んだのは、在宅で人工呼吸器を使っていた方の課題解決です。私たちは、震災の前から在宅で人工呼吸器を使っている方に酸素を届けてきました。東日本大震災の時に課題だと思っていたのが、患者さんがどこに避難したか?がわからないことです。避難所に逃げているケースもありますし、病院に搬送されていることや、被災地の病院も被災地しているため、県外の病院に搬送されていることもありました。もう1つの課題が、「どこが停電したか」がわからないこと。災害が起きた時、「○○市で5000戸停電」などのニュースが流れますが、同じ市の中でも、停電しているところと、停電していないところがあります。停電したところがどこかわかれば、優先的にガスや人工呼吸器を動かすための発電機をよりスムーズに届けられると考えました。
そこで私たちが開発したのが「ANPY(アンピィ)」というシステム。患者さんが「ANPY」の端末を自宅のコンセントに差しておくだけで、我々はその家が停電しているのか?をインターネット上のシステムで把握することができます。また、GPSも内蔵されているため、このANPYを持って避難すれば、患者さんがどこにいるか?を把握することができます。
私たちは、停電になった時に備えて、岩手県内2か所にLPガスで動く発電機を備蓄しています。いざという時にはこの発電機を患者さんのところに持って行き、人工呼吸器を動かして患者さんの命を守ります。ANPYのシステム上を見て、どこに電気を届ければよいか、すぐに確認することができます。
はじめは県内の患者さん向けに作っていたのですが、大手企業から使わせて欲しいと依頼があり、今では全国の在宅患者さんのご自宅に「ANPY」を提供して、災害による停電の監視を行っています。
災害に備え会社の車をアップデート
また、会社の車についても災害に備えられるように進化させました。まず、発電機能を持たせて電源ステーションとして使えるようにしました。また、ガソリンとガスの両方を切り替えて走れる「バイフューエルカー」に車を改造し、ガソリンが入手できない場合にも走行できるようになり、更に長距離走行を可能にしました。また、電気、ガソリン、ガスで両距離走行ができる車も開発。3000kmを給油なしで走ることができる車です。
この車を開発した後、2016年には熊本県で熊本地震が発生。岩手県の要請があり、医師や医療従事者の方と一緒に被災地で感染症の調査を行いました。すると、避難所においてある水の衛生面の課題を知りました。地震の影響で水道が使えず、水をバケツに汲み置きして、手洗いをするようなところもありました。衛生的な流水で手洗いができないので、実際にノロウイルスなどの感染症が発生したところもありました。この経験から、今度は「災害時に衛生的な水を維持できないか」という課題を解決したいと思うようになりました。
ガスで動く発電機。雨の中でも稼働できるようにカバーが付いており、運びやすく整理ができるように車輪を付けている。
災害時の「水」の課題への取り組み
そこで、水をリサイクルするシステムを研究開発していた東京のベンチャー企業WOTAと出会い、停電や水害など水が使えない被災地でシャワーや手洗いができる製品が出来ないか相談しました。WOTAの技術者達が奮闘してくれたお陰で、使用した水をその場で浄化し繰り返し使えるようにする夢のようなシステムを開発してもらいました。私たちはこの水をお湯にするために持ち運べる給湯器を開発し、これで水道が被害を受けた地域でも温かいお湯のシャワーが使えるようになりました。
2018年に起きた西日本豪雨では、WOTAの社員と一緒にこの装置4台を持ち込み、水道のない環境で被災者にシャワー入浴を提供しました。2019年の台風15号、19号でも千葉県や長野県の断水した被災地で温水のシャワーを提供することができました。テント単位で入浴できるので、男女の区別などジェンダーの課題にも対応し、子供や高齢者と一緒に入浴介助することもしやすくなりました。WOTAではさらに開発を進めて、水道がない場所でも手洗いができる手洗いスタンド「WOSH」を開発。直径約60センチのドラム缶の形状で、手洗いに使った水を浄化して再利用するので、20リットルの水で約500回の手洗いを行うことが可能です。
手洗いの時間は30秒以上がよいとされているのですが、リングが30秒間光ることで、手洗いにかける時間をわかりやすくし、また、スマートフォンを紫外線で除菌する機能も付いています。これが出来たことで、2021年2月に東北地方で発生した福島県沖地震では、地震で断水した病院に持ち込み、流水で手が洗えず困っていた医療関係者の方々に衛生面での災害支援として提供しました。
そして、これまでの経験や技術を結集して作り上げたのが「レスキューブ」という移動式のコンテナ型避難所です。まず、医療的ケアが必要な子どもたちがいるなかで、災害時にプライバシーが確保しにくい、集団で避難することで感染のリスクが懸念されるという課題がありました。その子どもたちのために、家族と一緒に個室で過ごせる場所が必要ではと考えて作りました。シャワーやトイレがついていて、それぞれ、上下水道を独立して水を循環させて浄化するシステムを搭載しています。発電は屋根の上にある太陽光パネルとガスの発電機で行えるようになっており、トレーラー型の車両でもあるので全国各地に移動可能。内装には木材を使っており、落ち着いて過ごせるようにどの角度からも外が見渡せるようにしています。
元々は、避難のために作ったのですが、今は地方創生の分野にも使えないか?というお話を頂いています。この「レスキューブ」を大自然の中に持って行くことだってできる。空き家に移住するのではなく、好きな時に好きな場所に「部屋」を持って行くこともできる。従来の固定的な場所に「住む」という概念を変えることだって出来るのです。
東日本大震災以降も災害が多発していますが、やってみると、次の課題が見えてくる。最初は災害時にも使える車作りから始めて、そこから水の課題と向き合い、今度は「避難所」の課題に取り組んでいます。アイデアを目に見える形にするということが大事だと思っています。
私たちには、「この人のこの課題を解決したい」というリアリティがあります。新型コロナウイルスの影響でアルコールが不足した時、私たちとつながりのある医療的ケアが必要な子どもたちは、人工呼吸器の回路などの消毒に使うアルコールが足りず困っていました。そこで岩手県内の酒造会社に依頼して、高濃度の消毒用アルコールを作って頂いたこともあります。一生懸命やっていると、技術を持っている会社や出会う人が前向きに協力してくれます。たとえて言えば「人のわらしべ長者」と言えるかもしれません。
「引き出し」が課題解決につながる
社会の課題を解決するということは、「2つ以上の物事を組み合わせて目の前の課題を考えること」だと思います。そのためには「引き出し」が必要だと思います。色んなことを知ることが必要で、特に異業種を知ることは引き出しを作ることができます。個人的には、よくホームセンターに行きますが、色々な材料を見て、こんなものが作れそうだ、どうすれば何かできるんじゃないかということを常に考えています。一見無駄だと思っても、引き出しを作ることで課題解決のスキルは上がっていくと考えています。ぜひ色々なものを見て、自分の引き出しを増やしてみてください。
本の情報:国立国会図書館リサーチ
写真提供=笠井さん