宇宙のはじまりはどうなっていたのだろう、そんな疑問に取り組んでいる素粒子の研究者、高エネルギー加速器研究機構の宇野健太さんにお話を伺いました。
現在、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構にてBelle II(ベル・ツー)実験をされていると伺いました。これはどんな実験なのでしょうか。
Belle II (ベル・ツー)実験ってどんなもの?
高エネルギー加速器研究機構には、地下約10メートルに円形の装置があります。1周約3キロメートルほどであり、この装置で電子とその反対の性質をもつ陽電子を光速に加速してぐるぐる回しています。これを我々の世界では加速器と呼びます。
光速とはどのくらいの速さでしょうか。
秒速約30万キロメートルです。30万キロメートルというのは、地球7周半分に相当します (地球1週が約4万キロメートル)。1秒間で地球を7週半する速度をもった電子や陽電子が加速器でぐるぐる回っています。
我々は、この加速した電子と陽電子を衝突させます。衝突するとそこで反応が起きます。例えば電子と陽電子が衝突して、別の粒子ができることがあります。この生成された粒子の振る舞いを精密に捉えるために、専用の装置を置いています。これを我々はBelle II測定器と呼びます。
加速器と測定器をよく混同してしまうのですが、実際に電子と陽電子を回しているのが加速器で、反応を測定しているのが測定器なんですね。
すごく大掛かりな装置ですが、なんのために実験をしているのでしょうか
宇宙の成り立ちを知るには?
一番簡単なのはタイムマシーンで過去に行くことですが、残念ながらタイムマシーンはありません。ではどうすれば良いか?私はよく擬似的にタイムマシーンを再現すると言っています。宇宙のはじまりは約138億年前だといわれています。当時、宇宙はとても熱くてエネルギーが高い状態でした。つまり、非常に高いエネルギーの粒子が頻繁に衝突して反応していたのです。そして大体138億年が経ち、現在の宇宙は安定しすごく冷めてきました。
では高いエネルギーで粒子を衝突させてあげれば、宇宙の誕生初期に起きた現象を見ることができる、そのような考えで大型加速器を用いた高エネルギー実験を行っています。例えば、私達の予想と違う反応を観測できた場合、きっと宇宙誕生初期でも同じような反応が起きていたと推測できます。そのようなことを組み合わせて、我々が今まで説明できなかった現象はこういう理論で説明できるね、というアプローチをしています。
自分たちで宇宙初期の状態を作り調べることで、宇宙の成り立ちで何が起きたか解明できるというわけですね。
宇宙誕生を解明する
宇宙誕生の謎に関する研究[定菅1] はかなり進んでいますが、まだ分かっていない問題は幾つかあります。その謎を解き明かす現象は非常に稀な反応であるため、たくさん衝突させて観測するしかありません。我々は効率よくたくさん衝突させられるように日々知恵を振り絞っています。
せっかくなので、まだわかっていない問題の一つを簡単に説明します。皆さんは粒子という単語は聞いたことあると思います。では反物質はどうでしょうか?あまり聞きなれないと思います。それもそのはずで、この宇宙にほとんど反粒子はありません。しかし、宇宙誕生直後は粒子と反粒子は同じくらい存在したと考えられています。粒子と反粒子は電荷(プラスかマイナスか)以外全く同じ性質をもっているとするならば、粒子と反粒子の数の比は変わらないはずです。しかし、現在反粒子はほとんどない。つまり、どこかで粒子と反粒子の数の比を壊す何かが起きたはずです。このメカニズムはまだ完全には理解されていません。この謎を調べることもBelle II (ベル・ツー)実験の目的の一つです。
粒子がなにかによって壊れたとき、反粒子も同様に壊れるのが自然なはずなんですが、それでは現在と辻褄が合わないんですね。宇宙の誕生、とても興味深いです。
「考えること」が好きだった高校時代
こどもの頃は特に将来の夢とかなく、勉強よりも友達と外で遊ぶのが好きでした。中学からはテニスに打ち込み、勉強よりもスポーツに夢中でした。テニスは個人スポーツですが、男女問わず多くの人がやれるスポーツなので、部長やまとめ役をやった経験は今活きているような気がします。現在の研究プロジェクトでは実験の運転を統括する責任者として、1000人くらいの研究者をまとめながら実験を行っています。僕はあんまり知性的な秀才タイプではないので、なにかに没頭して寡黙に取り組むというより、みんなと喋りながら一緒に頑張るほうが性格的に向いているようです。多くの人がいるということは、各々違うことを考えているのが当然なので、なんとか同じ方向を向かせるというというのは思っていたより難しいです。
研究者は勉強や研究ができるだけでいいってわけではないのですね。
自分は勉強だけだったら今ここにいなかったと思います。高校、大学受験の際も「研究者になりたい」と思ったことはありませんでした。ただ考えることは好きだったので、もしかしたら研究者にはむいていたかもしれません。普段、自分からは絶対に言わないのですが、実は親が研究者です。しかし、親から進路について言われたこともなければ、自分で親を見て「ああなりたい」と思ったこともありません。それでも研究者になったのは無意識に何か惹かれるものがあったのかもしれませんね。
大学受験の時は理系選択でした。考えること、特に数学や物理が好きだったので、もう少し勉強してみたいなという気持ちがありました。その中で1番面白いものは何かなって思った時に、フランスにある欧州原子核研究機構 (CERN、セルン)という研究所で行っていた高エネルギー実験でした。当時、ヒッグス粒子という新しい粒子が発見されて盛り上がっていたのを記憶しています。この研究成果でノーベル賞を受賞しており、メディアでも非常に取り上げられていました。新聞やネットの情報を見て、面白そうだなと思って、私もここで研究をやりたいなと考えるようになりました。
大学院では実際にフランスに行ってCERN (セルン)で研究をしていました。特に、博士課程ではほとんどフランスに滞在しており、CERN (セルン)で推進しているLHC (エルエイチシー)実験を行っていました。卒業後、日本で先ほど説明したBelle II (ベル・ツー)実験をやりたいと考えて現在に至ります。
ある研究が盛り上がると、その領域で新しく研究者になりたいと思う人が出てくる。そうやって研究は繋がっていくのですね。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
【プロフィール】
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 助教 宇野健太さん
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了 (2020)。その後、新潟大学特任助教を経て、2023年より現職。専門は素粒子に関する実験研究、特に大型加速器を用いた高エネルギー実験。現在は、茨城県つくば市で行われている大型加速器を用いたSuperKEKB/Belle II実験を推進している。宇宙の起源を探るBelle II実験は1000人を超える研究者が参加している。現在、Belle II実験の運転を統括する責任者 (ランコーディネータ)として、実験を率いている。
FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。
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