エレクトロクロミックガラスの研究—新しい物質材料の発見―

エレクトロクロミックガラスという最先端のガラスを生み出した樋口昌芳さん。エレクトロクロミックとは?普通のガラスとどう違うの? 

実は予想外の研究から生まれたエレクトロクロミックガラス。研究者の樋口さんにエレクトロクロミックガラスや現在に至るまでのお話を伺いました。 

目次

エレクトロクロミックガラスとは

――まず、エレクトロクロミックガラスとはなんでしょうか。 

話すと長くなりますが、簡単に言うと色々な酸化状態で色が変わるガラスのことです。クロミックはクロムという元素が語源で、色が変わるものを指す言葉です。例えば、紫陽花の花が赤かったり青かったりしますが、土の酸性の違いによって色が変わります。それを自然のクロミック現象と言います。 

――クロムという元素が関わっている現象ではなく、クロムみたいということですね。 

私たちが研究しているエレクトロクロミックガラスというのは、電気をかけると色が変わる材料を用いています。まだ実用化はされていませんが、今行っているのは、エレクトロクロミックガラスを窓に使うことによって、夏の暑い時は日差しを遮るように暗い色に変化して、冬は日差しが入るように透明にする、というような使い方で実用化を目指しているところです。 

――カーテンの要らない最先端の住宅というイメージですね。エレクトロクロミック材料は他にもありますか。 

電気をかけると色が変わるエレクトロクロミック現象はいろんな物質で見つけられていて、例えば筑波大にいらっしゃった白川先生が発見されてノーベル賞を取られた導電性高分子という材料も(導電性高分子の発見と発展,2000年)、実は電気をかけると色が変わるエレクトロクロミック材料です。 

エレクトロクロミックガラス

――電気をかけて色が変わるといえばテレビなどの液晶のイメージがありますが、あれはエレクトロクロミックなのでしょうか。 

液晶はまた違います。例えば、液晶のデジタル時計ですが、背景の白か文字盤の黒しかありませんが、パソコンではカラーになっています。なぜかというと、カラーフィルターという光の三原色(赤、緑、青)が細かく並んだシートが入っているからです。スマホもテレビも全てカラーフィルターを利用しています。ただカラーフィルターを使うと画面が暗くなるので、明るくするためにバックライトで後ろから照らしています。フィルターの後ろに液晶がありその後ろにバックライトがあって、フィルターに並んでいる三原色のどの色を明るくするかを液晶で制御することで赤だったり緑だったり黄色だったり色々な色に見えるという仕組みです。

液晶にできることは光を通すか通さないかという選択だけです。詳しく言うと、液晶の中には分子がありますが、電気をかけるとこの液晶分子が並び、光が通って透明になります。電気をかけないと、液晶の分子がバラバラで光が入ってきても散乱して何も見えません。 

※更に液晶を2枚の偏光板で挟むと、逆に、電気をかけて液晶分子を並べた状態で光が通らない状態、電気をかけない時に光が通る状態を創り出すことができます。 

――液晶は分子配列が変わるだけなので、エレクトロクロミック現象ではないんですね。エレクトロクロミック現象の原理はどのようなものでしょうか。 

エレクトロクロミックはその材料自体の色が変わるものをさします。例えば、塗料や色素などに電気をかけて色が変わればエレクトロクロミック物質といえます。エレクトロクロミック材料で色が変わるということは、電子の出入りによる酸化還元反応が起きているのです。酸化還元反応という言葉は、水素や酸素の受け渡しだけでなく、電子を受け取ったり出したりする時も使います。身近な例だと、鉄が酸化して赤くなったり、食べのものが酸化して酸っぱくなったり、電子が取られるとられることを酸化と言います。

逆に電子をもらうことを還元と言います。例えば、血液の色って動脈のうちは鮮やかな赤ですが、心臓から身体を周って戻ってくる静脈の色って黒になります。これは血液が酸素を出してもどってくるからで、これも広い意味ではエレクトロクロミック現象と言えます。このように金属イオンと有機分子がくっつくととても色が濃くなるということは結構あります。金属だけ、有機分子だけではあまり色が強くないけれど、くっつくと色がつく、ということがあります。 

――すごく分かりやすいです。エレクトロクロミックって初めて聞きましたがとても身近ですね。色の変化で電子のことまで考えることはなかったので面白いです。 

色がなぜ見えるかというと、物質が光の吸収を起こすとそれ以外の色は反射されて目で見ることが出来ます。これを補色と言います。物質には電子が移動できる場所があって、光が当たった瞬間に電子が移動して、その移動のために必要なエネルギーを吸収して、移動した電子はまたすぐに元に戻ります。

金属と有機分子がくっついたものではその吸収が頻繁に起こるため、色が非常に濃く見えます。そういう金属と有機分子がくっついたものがずっとつながっているものを私たちはメタロ超分子ポリマーと呼んでいます。血液のようにサラサラではなく、繋がったポリマー(高分子)なので、膜やフィルムなどに変形することができます。 

――発見は偶然だったとお聞きしました。 

実はこのメタロ超分子ポリマーがエレクトロクロミック材料になるとは知らずに見つけました。おそらく、他のエレクトロクロミック材料もみんな同じような経緯で発見されてきているのではないかと思います。最初はこのポリマー膜に電気をかけて電気化学的な特性を調べようとしていて、外出から戻ったら一緒に研究をしていた博士研究員の方が「樋口さんの喜ぶ結果がある」と言って見せてくれました。見たら膜がなくなっていたので消えたのかなと思いました。

膜に電気を流すと物質の性質が変わって、溶液に溶け出すということはよくあるので。ところが酸化すると色が消えて還元するとまた元の色に戻ったので「え?どういうこと?」となって、そこから研究が始まりました。

 

――つくばのスタートアップパークや川崎市の川崎生命科学・環境研究センターに設置して実証実験をされたりして、少しずつ実用化が進められてきています。エレクトロクロミックガラスの普及や開発はこれからどんどん行われていき、私たちの身近な生活の一部になっているかもしれません。読者のみなさんと一緒に応援と注目をしていきたいです。 

※茨城県庁17階にも設置しています。 

茨城県庁パネル

現在に至るまでの経緯

――物質・材料研究機構の研究者の樋口さん。現在にいたるまでの経緯を伺いました。 

こどもの頃は特に夢とかはありませんでした。勉強はそれなりにできたのかなと思いますが、進路選択で「これになりたい!」というようなものは正直ありませんでした。高校では理系で物理と化学を選択していましたが、物理が苦手だったので大学は化学系かなとぼんやり思っていました。高校まではあまり深く考えていなかったのです。

ビジョンがあるわけではなく、目の前の課題をなんとか乗り越えるには、という考えで、浪人するまでは周りに流されるようにふわふわしていました。ただ、浪人して考えが変わり、ちゃんとしっかりしないと、と意識になりました。実際、勉強も一生懸命調べただすと色々面白くなってきて、最終的に自分の実力に見合ったところとして応用精密化学科を志望しました。 

ただ、入学した大学ではあまり勉強せず、結局一番入りやすい研究室に入りました。就活をどうしようと思っていたところ、指導教官から「博士にいってはどうか」と言われ、自分では気づいていないなにか隠れた才能でもあるのかと思って進学したのですが、どうもみんなに声をかけていたみたいです(笑)。当時はポスドク1万人計画という時代で、これまで修士で就職していた人たちを博士まで育てようという大学と文科省の計画がありました。 

※ポスドク1万人計画…文部科学省が1996年度(平成8年度)から2000年度(平成12年度)の5年計画として策定した施策。 

ラジオにてお話いただく樋口さん

学生当時、白川先生の導電性高分子が流行っていて、私の研究テーマは導電性高分子に金属を混ぜてその性質を調べる研究でした。金属を含む高分子という意味では、学生の時から現在までずっと同じ研究テーマを続けています。ただ、今では金属を含む高分子の研究は盛んですが、学生当時はマイナーであまりやっている人はいませんでした。

というのも、金属と有機分子がくっついたものを数珠つなぎにしてしまうと、例えば真ん中の部分と一番端の部分では性質が違ってしまうなどの問題が起こります。なので、繋げないで金属と有機分子がくっついたもの一つ一つの性質を調べましょう、というのが当時の研究の主流でした。今では、そうした研究がどんどん進んで金属と有機分子がくっついたものの性質が分かってきたので、それを繋げたりして新しい性質がでてこないかなという方向に研究の流れが変わってきました。

金属と有機分子がくっついたものの性質を先輩の研究者がきちんと完璧に明らかにしてくれているので、私たちは「ある先生が作ったこれを使ってポリマーにしてこう繋げて材料に使えるのではないか」と思って新しい研究を進めていけるのです。 

研究グループの集合写真(前列左から2番目が樋口さん)

「やりたいことをやる」を大切に

やりたいことをのびのびやるっていうのがすごく重要なんじゃないかなと個人的に思っています。うまくいかない時はあると思いますが、のんびり頑張りましょう。そんな時は、色々な人が助けてくれたりしながら、人生ってやっていくものだと思います。自分ひとりで解決するというのは難しいことが多いです。

これは私自身頑張りすぎたかもしれないので、そんなに頑張らなくて大丈夫とメッセージを送ります。 


吾妻ひでお「失踪日記」

このお話をいただいた時に思い出した漫画です。作者はもう亡くなられていますが、若い時に一生懸命に漫画を描いて親になって、その後失踪したり、アルコール中毒で入院したりしていた方です。晩年に描かれた失踪日記という漫画はそんな深刻なはずの日常がほのぼのと描かれていてとても面白いのでおすすめです。 

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

【プロフィール】

樋口 昌芳さん 

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 

FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。

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番組へのご意見ご感想お待ちしています。

scienceexpress@gmail.com

写真提供=樋口さん


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この記事を書いた人

総合科学研究機構総合科学研究員
サイエンス・エクスプレスMC サイエンスコミュニケーター
気象予報士の資格を持ち、お天気の実験教室などを開催。第11、12回気象文化大賞を受賞。

実験の楽しさや自然の素晴らしさ、災害の恐ろしさ、人類や科学のすごさをみなさんと共有していきたいです。この世界はたくさんの知識に溢れている。学ぶってワクワク。一緒に科学を楽しみましょう!

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