茨城県にある標高877 mで茨城県のシンボルにもなっている筑波山。筑波山で気象観測をされている筑波大学の日下博幸さんにお話を伺いました。
筑波山での気象観測
――筑波山で気象観測を行っているのはどうしてですか。
元々気象庁が気象観測を1800年代から筑波山の山頂で100年以上行っていました。しかし2001年に終わってしまい、筑波大学を退官された林教授が「このまま観測所を放棄してしまうのは気象学、気候学にとって非常に損失である」と思って2006年に復活させました。
――観測所が使われないままではもったいないですからね。地上での観測は気象庁が各地で行っていますが、やはり筑波山でのデータは価値があるのでしょうか。
高いところの気象というのは、天気予報などにおいて非常に大事なデータです。もちろん気球を飛ばしたり、飛行機を飛ばしたり、人工衛星から観測したりすることもできますが、リアルタイムで観測するには山の上はとてもやりやすいです。
――そしてこの筑波山でのデータを無料公開されているんですね。
はい。筑波大学の計算科学研究センターの筑波山プロジェクトというホームページでリアルタイムに現在の筑波山の山頂の気温や湿度や風のデータなどを公開しています。過去のデータも提供できます。
気象観測からわかったこと
――素晴らしいですね。このプロジェクトでわかったことはありますか。
元々、初代リーダーの林教授は、地球温暖化の監視のためにこのプロジェクトを始めました。地球温暖化の監視をしようと思ったら、100年くらい継続して観測しなくてはいけません。日本にももちろん100年以上観測している気象庁の観測所はありますが、街中が多いです。そのような所で100年間観測しても、地球温暖化で気温があがったのか、都市化によるヒートアイランドであがったのか、中々判別が難しいです。
――都市化されていない場所で100年間観測し続けることが大事なんですね。
林教授は都市化の進んでいない筑波山山頂で気温のモニタリングをすれば温暖化の影響がピュアに取れるんじゃないかと考え、私達も一緒に論文を書いたことがあります。結果として地球は温暖化していることがわかりました。都市化による温度上昇に比べたら緩やかですが、筑波山の気温も100年かけて上昇していました。
――世界的にも気温が上がっていると言われていますね。その他に分かったことはありますか。
林先生から2012年に私達が引き継ぎ、南岸低気圧による降雪予測のための研究を行いました。南岸低気圧は、毎年冬の終わりから春先ぐらいに発生し、首都圏に雪を降らすことがあります。首都圏では普段雪が降らないため、鉄道ダイヤが乱れたり、交通事故が起きたりするため、降雪予測がとても大事です。予報する上で、上空の気温や湿度、風の流れがどうなっているのか知らなくてはいけませんが、適した場所にある筑波山のデータが使えると思い、私達はプロジェクトを引き継ぎました。
――高いところで安定してデータを取るという方法は山での観測が一番ですね。現在の予報でも使われているのでしょうか。
今の天気予報の資料としても使われていると聞いています。最近は私の研究仲間たちが山の上にできる雲を研究するのに筑波山のデータを使ってくれています。
――今後も筑波山プロジェクトは続くということですので応援していきたいと思います。
気象学研究に至るまで
――現在に至るまでの道。
小中学生の頃は将棋が好きで、将来なにかしら将棋に携わって食べていけたらと考えていました。小学校高学年ぐらいから高校3年生まで一人で将棋道場に毎日行っていました。結構強かったですが、プロは難しいと自分で冷静に理解していました。なので、職業は食べて生きていくためになにか見つけて、将棋は将棋でやっていこうと考えるようになりました。高校生の頃は部活が終わった後に将棋道場に行っていたので予備校などには行きませんでした。そのため大学受験はうまくいかず、浪人時に将棋はしないことにしました。現役のときは、歴史や地理などの文系科目が好きでしたが学問として勉強する面白さはあまり感じませんでした。なんとなく自然科学系のほうが学問として面白そうだとぼんやり考えていました。例えば、歴史を研究しても結局真実はわからないなど、答えのない文系科目はモヤモヤしてしまいますが、理系科目は比較的真実がわかる、あるいはそれに近づくことができると思います。具体的に何を勉強するか決めたのは、浪人時に地学の授業を受けて面白かったからです。将棋も好きだけど気象なども面白そうだなと思いました。受験大学を考えるときに、どうせなら自分の眼で見て感じられるものがいいなと思って気象に決めました。小さい頃、週末に親が釣りに連れていってくれたのですが、海でぼんやりと過ごしながら海風を感じたり、空に浮かぶ雲を見たりしていたことを思い返して、自分は自然に関することを勉強したいのだと思うようになり過去の経験が進路と繋がりました。
――そして予備校の先生から勧められた筑波大学に合格。入学してからいろんなことを習いますが、気象以外の学問にぶれることはありませんでしたか。
ぶれなかったです。もちろん物理学や地震学も面白そうでそれもいいかなと思った時期もありましたが、やはり授業が面白かったので気象学を専攻しました。高校生や浪人生の頃、あるいは大学1年生ぐらいまでは、ただ雲や風の研究をする程度のイメージでしたが、大学3年生ごろに、すべてが方程式で記述でき、それを解けば将来の気象が分かるみたいな話を授業で聞いて、かなり衝撃を受け、気象学を勉強したいという思いが大きくなりました。
大学での研究テーマ
――大学4年生時でのテーマは「ヒートアイランド」。これは自分でテーマを選べたんですか。
当時の先生が非常におおらかな先生で、好きなこと何をやってもいいというスタイルでした。みんなは季節風など大きいスケールの現象をやっている中、ちょっと違うことがしたくて当時はまだあまり流行っていなかったヒートアイランドを選びました。
――そして大学院に進学。研究への熱い想いがあったからでしょうか。
筑波大学の気象学分野は、私の学年の時でも、多分今でもそうなんですけど、 8割くらいの学生が大学院に進学するんです。ぼーっとしてると進学する。高校の進学校ではみんな自然と進学するのと似ています。
――確かに、進学することが当たり前の中、わざわざ就職しようとするのはしっかりした考えがないとできないですよね。大学院でも引き続きヒートアイランドの研究ですか。
同じテーマを続ける人が多かったのですが、指導の先生はテーマを自由に変えていいというスタイルで、私はテーマを変えました。丁度先生が新しいプロジェクトを始めたので手伝ってみないかと依頼されたためでもあります。修士課程の2年間、そのプロジェクトに参加し地球規模の大気の流れ(偏西風など)とユーラシア大陸の気温変動の関係を調査しました。
――その後は博士課程に進学でしょうか。
研究は2年間でやりきった気持ちで、大学でこのテーマをやるのは、もういいかなと思いました。ただ、研究は好きなので、企業の研究所に就職して、社会に役立つ研究をやろうと思いました。ちなみに、修士課程修了者の約9割が就職し、博士課程に進学する人は全体の1割しかいません。
おすすめの本
日下さんの本
「学んでみると気候学は面白い」
日本や世界の気象から気候の話。気象と気候の違いとは?地球温暖化とヒートアイランドの違いとは?など
「見えない大気を見る」
大学でどういう授業をしてどういう研究をしているのか書いています。高校生が大学を選ぶ参考にもなると思います。中学生、高校生に読みやすいよう書いています。
【プロフィール】
筑波大学 計算科学研究センター 教授
日下博幸さん
筑波大学大学院修了、博士(理学)、気候学・気象学研究者
(財)電力中央研究所でヒートアイランドや風の研究を行う.在職中、米国国立大気研究センター(NCAR)に滞在し、世界最大のユーザ数を誇ると言われている気象モデル「WRF」の開発に参加。その後、筑波大学に教員として戻る。現在は、研究・大学教育に加えて、つくばSKIPアカデミーのプログラムリーダーとして、小中学生向けの科学の授業やイベントにも携わっている。最近、都市気候学と局地気象学の進歩への貢献により、アメリカ気象学会から The Helmut E. Landsberg Award、日本気象学会から日本気象学会賞を授与された。
FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。
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写真提供=日下さん