茨城県の南東に位置する湖、霞ヶ浦。流域面積は茨城県全体の面積の約1/3を占める大きな湖です。
霞ヶ浦をはじめとする県内の湖沼、河川の水環境や大気環境などの保全に取り組むための研究施設、茨城県霞ヶ浦環境科学センターの長濱祐美さんにお話をお伺いしました。
環境科学センターとは
まず、霞ヶ浦環境科学センターとはどのようなことをしている施設なんでしょうか。
このセンターには4つの役割があります。環境学習の役割、市民活動を支援する役割、小さい図書館として情報を収集する役割、そして私たちが行う調査研究の役割です。
環境学習の場としては「湖沼体験スクール」があり、霞ヶ浦の近隣の小学生たちが、実際に船で湖の透明度を測るなど、実体験を通して環境の大切さを学んでいます。
ーー霞ヶ浦の透明度は今どのくらいなんでしょうか。
今は70cmくらいです。少し濁っていると感じる人も多いかもしれません。実は、霞ヶ浦は、水深がたった4mほどしかなくて、お盆に水が張ったような状態です。広くて浅い湖なので、風が吹くと湖底の土が巻き上がりやすく、濁りやすい特徴があるのです。でも、濁りが必ずしも悪いというわけでもありません。例えば、南国の海は透明で綺麗で、人間が遊ぶにはいいのですが、魚などの餌となるプランクトンは少ないことが知られています。センターの展示室には、霞ヶ浦の浅さなどの特徴を、他の湖と比較できるような展示もあります。
ーー霞ヶ浦環境科学センターには無料の展示室があるんですね。
小さな博物館のような展示室があります。たくさんの仕掛けが盛りだくさんで、湖について楽しく学べるようになっています。さらに、いろいろな体験型のイベントもたくさん開催しています。夏休みの自由研究の相談会や、プランクトンの観察体験イベントなど、すべて無料で参加できます。ぜひ遊びにきてもらいたいです。
ーー公式ホームページを見るとイベントスケジュールが載っているので好きなイベントに合わせて行くといいですね。
環境科学センターでの仕事について
ーー長濱さんは霞ヶ浦環境科学センターでどんなお仕事をされていますか。
霞ケ浦環境科学センターでは、県民の皆様のお役に立つような調査研究をしています。新しい発見を目指すといった一般的な「研究」のイメージとは少し違うのですが、霞ヶ浦だけでなく、茨城県内の湖沼として、県央にある涸沼や、県南にある牛久沼について、長期的に毎月水の調査をしています。これらの調査で得たデータを基に、水環境の保全に必要な情報を県に提供し、提案するのが私たちの仕事です。湖によって特徴は様々で、例えばプランクトンの種類が異なっていたり、塩分が含まれているかどうかも違います。特に、牛久沼は、霞ヶ浦と比べると小さい湖ですが、景色がとても美しく、調査のたびに、湖の上から見る景色に感動しています。
ーー牛久沼は5月頃になると白鳥も来て楽しいですよね。県外から遊びに来てもらいたいスポットです。
霞ケ浦の生き物
ーープランクトンはどういったものがいるんですか。
プランクトンには、光合成を行う植物プランクトンと、それを食べる動物プランクトンがいます。動物プランクトンの中で有名なものはミジンコですね。ご存じの方も多いと思います。一方、植物プランクトンで問題になるのがアオコです。アオコは、大量発生すると湖の水を緑色に変え、ひどくなると卵が腐ったような臭いを発することがあります。1980年ぐらいまでは、土浦港の付近を中心にアオコが発生していました[定菅1] が、最近はあまり見られません。ただ、2011年に一度、大発生しました。その原因は、まだ解明されていません。
ーー湖の持つエネルギーはすごいですね。魚はどんなものがいますか。
霞ケ浦環境科学センターでは魚の調査は行っていませんが、聞くところによれば、外来種のアメリカナマズが増えてきて困っているそうです。実は、食べてみるとあっさりした味で美味しいんです。最近は道の駅でも販売しているので、食べることができますよ。
ーー食べてみたいですね。長濱さんの推しプランクトンがいるんですか。
私の推しは「アウラコセイラ」という植物プランクトンです。珪藻の仲間で、顕微鏡で見ると、本当に繊細な模様が広がっていて、とても綺麗なんです。それから、「ドリコスペルマム」という植物プランクトンもすきです。こちらは、藍藻の一種ですが、丸く磨かれた宝石のような細胞がたくさんくっついて、可愛らしい姿をしています。
ーープランクトンのぬいぐるみがあるとつい買ってしまうという長濱さん。マニアックなグッズは惹かれますよね。
最近取り組んでいること
ーー最近の霞ヶ浦で注目しているのは「酸素の量」なんですか。
そうなんです。湖の水には「環境基準」というものがあります。これは、環境の状態を適切に保つための基準です。この環境基準の中に、酸素の濃度も入れようという話が出てきています。生き物にとっては酸素は大事ですからね。でも、霞ヶ浦は広いので、場所によって酸素の量が違う可能性があります。そこで、霞ケ浦環境科学センターでは、毎月16地点の定点調査を行って、細かく調べています。
ーー同じ場所での数値を取り続けるのって大事ですよね。
「進路の話」
こどもの頃はクジラが大好きで、クジラの研究者になるのが夢でした。親に鴨川シーワールドに連れて行ってもらい、そこでシャチを見たのがキッカケです。それから寝ても覚めてもシャチのことでいっぱいで、いつからかクジラも好きになって、子供部屋はシャチやクジラグッズでいっぱいでした。中学、高校でもその熱は冷めず、クジラを専門に勉強したいと思っていました。
大学受験では鯨類研究ができる大学を目指し、1年の浪人を経て、鯨類研究室がある大学に入学しました。入学後は、1年生の頃から鯨類の研究室の勉強会に参加させていただいたり、博物館に展示してあるようなクジラの骨格標本を作るためのお手伝いもしました。クジラの骨を掘り出して洗う作業など、貴重な思い出ですね。
しかし、2年生、3年生とさまざまな勉強を進めるうちに、人間社会との関わりに興味が移ってきました。論文を読む授業では、人工的に干潟を作り、そこに生息する生物を保全する内容に感動しました。それまで、人間社会の営みは生物の生息場所を壊すばかりだと思っていたので、再生し共存できるのだと、初めて気がつきました。運よく、その研究に携わっていた先生が大学にいらっしゃって、お話を聞きに行きました。これが人生の転換点のひとつになりました。
大学での卒業論文は、砂浜にいるゴカイや二枚貝といった小さな生き物が、人間の活動によってどう変化するかをテーマにし、非常に楽しい研究ができました。その熱意が認められ、先生から大学院進学を薦められました。大学院では、干潟に生息する生物を豊かにするための再生方法について研究をし、博士号を取得しました。
その後、研究を進めるなかで、自然環境と人間社会が共存するためには一般市民の協力がすごく大事なんじゃないかと思い始めました。そこで、北海道大学で科学コミュニケーターの教育や研究を行うかたわら、大学の先生にお話を聞いてわかりやすく記事に書いたり動画を撮ったりするコミュニケーターの活動も行いました。そのような活動を通じて「やっぱり研究がしたい」という気持ちが再燃しました。
おすすめの本
私がこどもの頃から大好きなシリーズが、シャーロック・ホームズです。私の子供たちも大好きですし、今でも新しい児童書が出ているのを見かけます。映画やドラマも新たに制作されていて、そのたびに楽しんでいますが、本の中の霧深いロンドンの描写は特に魅力的です。出版から100年以上が経っていても、ホームズの論理的な謎解きの魅力は色褪せることがないと感じます。ぜひ読んでみていただきたいです。
読者へのメッセージ
挑戦を恐れず、いろいろなことに取り組んでみてください。失敗も成功も、すべてがあなたを成長させる貴重な経験になると思います。私も、一度、科学コミュニケーションの世界に飛び込んだことで視野が広がり、現在の仕事に多くのことを活かせていると感じています。ですから、自分の選択を信じて、全力で挑戦し、自分の人生を自分で切り開く実感と、そのしびれるような楽しさを、ぜひ味わってください。
また、学びと楽しみのバランスを大切にすることも重要だと思います。「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」という言葉があります。私も、家族と過ごす時間と研究に没頭する時間、両方が私の生活に必要だと感じています。よく学び、よく楽しむことで、充実した毎日を送ってください。
【プロフィール】
茨城県霞ケ浦環境科学センター
湖沼環境研究室 主任研究員
長濱祐美さん
2010年に東北大学大学院工学研究科で博士(工学)を取得。北海道大学CoSTEPで科学技術コミュニケーションに関わる実践・教育・研究に携わった経験を持つ。佐賀大学における有明海流入感潮河川における魚類・底生動物相の研究を経て、2015年より茨城県霞ケ浦環境科学センターで勤務。霞ヶ浦の水環境、主に動植物プランクトンや物質循環が研究対象。茨城県竜ヶ崎第一高等学校、東海大学海洋学部卒。三児の母。
FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。
ラジオ音声無料公開中
https://hear.jp/saieku
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写真提供=長濱さん