アメリカで育った私が、日本の文化に親しむ理由

アメリカ出身で、現在は宮城県の丸森町で活動するアメッド・ゼバさん。大学時代から日本に留学。今も和装や太鼓などの日本文化に親しんでいます。ゼバさんの留学のきっかけとなった出来事や、日米の生活の違いについて、お話を伺いました。

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アメリカからの日本留学と社会貢献

アメリカのペンシルベニア州出身です。日本を好きになったきっかけは、アニメでした。小学校のころ、「セーラームーン」や「ポケットモンスター」、「カードキャプターさくら」などのアニメをテレビで見ていました。中学校の頃に見た「るろうに剣心」というマンガにのめり込み、より日本という国を意識するようになりました。日本のアニメ・マンガはアメリカのアニメ・マンガに比べて書き方が細かく、ストーリー性もあるのが特徴だなと感じています。

そして高校生の時に「日本語を学びたい」と思えるようになりました。日本語がわかったら、マンガをもともとの言語で読めますし、日本語のニュアンスもわかると思ったからです。そこで、日本語を勉強できる大学に進み、日本語の文法や、会話を学びました。特に「敬語」についてはどれくらい目上の人かによって、言葉が変わってくるので覚えるのが難しかったです。1年半勉強して、少し日本語がしゃべれるようになったタイミングで、神戸の大学に留学しました。

実際に留学をして日常会話で日本語を使う機会が増えると、日本語のレベルが上がったように思いました。ただ、やはり日本語には苦労しました。神戸は関西弁をしゃべる方が多いため、アメリカで習っていた標準的な日本語と関西弁の違いに戸惑ってしまいました。

また、神戸で学んだことで自分が学びたいことにも変化がありました。アメリカの大学では薬学を学んでいたのですが、それはやりたいことが特になく、薬剤師なら収入も確実で安定しているだろうという考えからでした。神戸で阪神・淡路大震災について知り、震災をきっかけに日本でNPOが広がったことを知ってから、日米のNPOの違いについて考えてみたいと思うようになりました。例えばアメリカの方がNPOへの寄付の文化は進んでいると感じましたし、日本ではNPOを立ち上げる方は仕事を退職された方などどちらかというと高齢の方という印象がありました。

自分自身も子どものころからボランティアに興味がありましたし、大学時代もフードバンクという団体の活動で貧困世帯への食品配布、小学生や高校生への学習支援などのボランティアを行っていたので、ボランティアや社会学について学びたいと考えるようになりました。その後、宮城県の大学にも留学。東日本大震災の後、どんなNPOの活動があったのかについても被災地でお話を聞きました。その後一度アメリカで就職したのですが、宮城が好きになり、もう一度日本に戻って、宮城県の南部・丸森町の地域おこし協力隊になりました。

大学時代から、日本とアメリカを往復するような日々でした。日本に留学して新しい土地に来ると、知らない場所なので、色々なところを観察するようになります。逆に、日本からアメリカに戻り、日本とアメリカの違いに気づいたこともたくさんあります。

◆日本文化に親しむ

丸森町では江戸時代にできた「齋理屋敷」という歴史ある施設を運営する仕事を行っています。自分自身も、日本文化に親しみながら活動をしています。例えば、和装。もともとファッションに興味があったこともあり、興味を持ちました。柄がたくさんあり、刺繍で凹凸があり、季節に合わせて和装を楽しめるのがいいと思います。齋理屋敷はもともと反物や着物を売っていた場所でもあり、まさに日本文化を他歌える場所で働いているので、よく和服を着ています。

文化が変われば着る服も変わりますし、和装は今必要とされていないかもしれませんが、今の流れに合わせて形を変えていくこともありだと思います。屋敷には「映え」スポットもたくさんあり、和装をしながら「映える」写真を撮影できるようにしていきたいと考えています。

また、和太鼓にも挑戦しています。丸森町に来てから、仕事仲間が誘ってくれました。子どもの時にダンスやピアノをやっていたので、音楽やダンスには興味がありました。楽しく運動したいなとも思っていましたし、それでやってみたら面白いなと思いました。正しい姿勢で太鼓をたたくことは体力的にも結構大変なのですが、太鼓のたたき方はすぐ改善ができます。なかには楽譜がない曲もあり、頭で理解して覚えて体にたたき込むのは大変です。

私のような外国人が太鼓をたたいていることは日本人の方にも驚かれます。日本人の方は、外国人の方が日本の文化に参加していることを嬉しく思ってくれていて、それは私にとっても嬉しいことです。

ただ、日本で暮らしにくさを感じることもあります。私は実は大豆アレルギーを持っています。大豆でできている味噌や醤油を口にすることができません。添加物として大豆が使われている場合もあります。個人的には、アメリカ人よりも日本人の方がアレルギーへの知識が少ないように感じます。命にもかかわるかもしれない場合もあるのに、「少しくらいいいでしょ」と言われることもあります。飲食店でも、出している料理に何が使われているかをわかっていないのではないか?と思うこともあります。その点アメリカでは、日本以上に食品のパッケージなどにあるアレルギーの表示がしっかりしていると思います。

◆地域貢献のために

私の夢は、世界平和を目指すということです。夢は大きいですが、人が苦しむのを見るのが好きではないので、みんなで協力して豊かな生活をしていきたいと考えています。

丸森町を気に入ったので、今後も住みたいと考えています。アニメ、マンガ、着物や太鼓もそうですが、趣味を一番楽しめるのがここだからです。地域の人と交流する時間をもっと増やしていきたいですし、より人のためになるようなことをしていきたいと考えています。

英会話を日本人の方や子どもたちに教えていますが、英語をしゃべりたい方々向けに、英語のニュアンスのところを伝えられたらと考えています。私が日本語を話せるようになったのは、日本人の方々にたくさん日本語を教えてもらったからなので、今度はそのご恩をお返ししたいと考えています。

みなさんには、3つのことを伝えたいです。まずは、趣味を大切にすること。私は子供のころからアニメやマンガが好きでした。実はアニメやマンガについては父親から反対されていたのですが、趣味を大事にしたからこそ私は今日本にいて、今の自分があります。2つ目は、好奇心を大事にしてほしいです。まずはやってみること、やってみれば、うまくいっても、いかなくてもそれは自分の経験になるからです。3つ目は、居場所を見つけてほしいと考えています。自分が一番気持ちよく住めるところにいる方が、成長や活躍できる可能性が高まるのではないかと思います。無理して気持ちが高まらないところではなく、居場所を探してほしいと考えています。

写真提供=ゼバさん

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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