アナドリの研究 DNA分析が示した隠された固有性

身近な生き物を代表する野鳥。今回は野鳥の研究をしている森林総合研究所の川上和人さんにお話を伺いました。川上さんが研究されている分野の1つが小笠原諸島にいる鳥類です。鳥類はどのように進化し、生態系の中でどのような役割を持っているのかなどを伺いました。

――2023年4月に森林総合研究所がプレスリリースした研究「小笠原とハワイのアナドリは、海の上の見えない壁が越えられない—DNA分析が示した隠された固有性—」について今回はお話を伺っていきたいと思います。まず、アナドリという鳥を初めて聞きましたがどんな鳥なのでしょうか。

あまり聞いたことがない鳥かと思います。一般的に海鳥と言われるタイプの海で生活している鳥です。アナドリは太平洋、大西洋、インド洋に広く分布しています。熱帯~亜熱帯の地域に生息しているので日本では小笠原や南西諸島に行かないとなかなか見ることができないです。鳩より小さいくらいの大きさで全長が30センチ弱、全身が真っ黒で、地面に穴をほってその中で繁殖するのでアナドリと呼ばれています。ときどき穴を掘らずに地面の上で卵をだいている「アナナシアナドリ」もいます(笑)

アナドリ

――どうしてアナドリに着目されたのでしょうか。

私が一人でやったのではなく、他の地域の研究者と一緒に行いました。ポルトガルにある島ではアナドリがたくさん繁殖しています。そこではアナドリの研究が進んでいて、リスボン大学の研究者たちとともに、アナドリは世界中に生息しているけど本当にひとつの集団なのか、見た目は似ているけど地域によって違うのか、確かめてみようということになりました。

アナドリはミズナギドリの仲間ですが、海鳥の中でもミズナギドリ類はとても移動性が強いです。時には1日に数百キロ飛んで食べ物を取ってきたりもします。アナドリは非繁殖期になると繁殖期から数千キロ移動するような鳥なので、遠くの島同士でも交流しているのではと考えていました。それをDNAを使って確かめてみることにしました。

――その結果、海の上の見えない壁を超えていなかったのですね。

予想外の結果でした。アナドリは、非繁殖期には基本的に海の上で生活していて、繁殖期にだけ陸で営巣します。主に海で生活する鳥なので、普通は大きな陸地があると障壁となって越えづらいと考えています。今回は小笠原諸島とハワイと大西洋の個体のDNAを取って分析をしました。小笠原諸島とハワイは隣にあり、4000キロくらいしか離れていません。一方、ハワイと大西洋は間にアメリカ大陸があり分断されているため、遺伝的に離れているだろう、と予想していました。しかし実際に分析してみるとハワイと大西洋は遺伝的に近くて、日本とハワイは非常に古い時代に分岐が起こっており、遺伝的な交流がほとんどない、という予想外の結果になりました。研究をしていて予想通りにいくというのは、とてもうまくいったなと思えるいい研究だと思います。その一方で思っていたこととまったく違ったり、普通だったらこんなことないだろう、という結果が出たりしたときに研究者としてとても嬉しくなります。

――予想外の結果の方が世界的に注目になりそうですね。一体どうして日本とハワイは分岐が起きていたのでしょうか。

この鳥にとっては4000キロという距離は遠くはありません。この二つの集団の分岐の理由は渡りのルートの違いではないかと考えています。たとえば陸の鳥では、繁殖地が近くても別の方向に渡りをすることがあります。南に渡るとき、東寄りにいくか西寄りに行くかで全然行き先が変わってしまいます。そうすると交流がなくなり、集団間の分化が生じるのです。それが進むと、別種に分かれていくのじゃないかと考えられます。今まで海鳥ではそういった例は見つかっていませんでしたが、起こっていてもおかしくないと考えています。

アナドリは海の中にいるプランクトンや小さい魚をたべています。プランクトンの量を見てみると、日本とハワイの間の海には少なく貧栄養の傾向があります。ハワイのアナドリは繁殖が終わって冬場は南東側の中南米の沖に行っているようです。一方で、日本のアナドリは冬場にどこに行っているか具体的にはわかっていませんが、おそらくプランクトンが多い南西側にいっていると思っています。このように渡る方向がぜんぜん違うので集団の分化が起きているのではないか、と考えています。

――ハワイと大西洋が近い理由はどうしてでしょうか。

北アメリカと南アメリカの間ってちょっと細くなっていますね、あそこがポイントなのかなと思います。あの場所の近くは太平洋側も大西洋側も海の栄養が豊富で、プランクトンが多いのです。ハワイからときどき南北アメリカの間の狭い陸地部分を越えて大西洋側まで飛んでいく個体がいるのではないかと。いつもそういうことが起きているわけではなく、ときどき集団が交流しているのではないかと考えています。

ではそれぞれの集団がいつごろ分化したのかというと、ハワイと大西洋の集団は16万年前くらい、進化の歴史の中ではついこのあいだです。ハワイと日本の集団は80万年前くらいとわかりました。そして、アナドリの中でもっとも古い時代に分岐した集団は日本の集団で、他国の集団と比較して固有性が高いことがわかりました。

小笠原諸島の海

――今後の研究はどういった研究をされていく予定でしょうか。

鳥の固有性の進化に興味があるのと、もうひとつ、鳥が生態系の中でどういった役割を果たしているのかといったことにも興味があります。今、小笠原諸島の西之島という島では、噴火で島全体が溶岩と火山灰にうまって新しい島になりました。

生態系がゼロになった島で、もう海鳥は繁殖を始めています。溶岩が固まって冷えて、火山灰がたまって平らな土地ができている状態です。植物がなく、今はその島にほぼ海鳥しかいない状態です。これから、海鳥たちが排泄物や吐き戻しなどによって海の栄養を陸にもちこむことで土壌ができ、他の島から身体に種子をくっつけてやってきて種子散布者になることが期待されます。鳥が死ねばその死体が食物となることで昆虫が定着することもあります。海鳥がいることで新しい生態系が出来上がっていくのです。そうやって生態系ができていくプロセスを解明するというのが目標です。とてもいい調査地になっています。

――これまでの経緯について

こどもの頃は特に具体的な夢や目標はありませんでした。鳥は特に好きというわけでもなく、本を読むのが好きで、漫画を読んだりテレビを見たりする普通のこどもだったと思います。

もちろん子供の頃から明確な夢があるのはいいことですが、ないからといって無理に夢を持つ必要はないと思います。特に具体的な目標がなくとも、その時々にやれることをしっかりやっていけば、選択肢がひろがっていきます。そうすれば、何か自分に合うものに出会ったとき、その選択に挑戦できる状態になっていることができます。僕の場合は勉強をしていましたが、人によってはスポーツかもしれないし、自分で伸ばせるところを伸ばすのがいいんじゃないかなぁと思います。できないことをやるのも大事ですが、できることを伸ばしていくほうが楽しいかなと思います。

大学に入って林学の道に入って研究室で卒業論文を書くときに、鳥を専門にしていた先生から小笠原にいってメグロという小鳥の調査をしないかと誘っていただきました。そして一人で半年間現地に調査に行ってきました。鳥は早朝によく活動するので、早朝4時ごろから調査をして、8時ごろには調査を終えて海に行って泳いだり魚をとったりと、とても楽しかったです。楽しいからと言って当初は「将来プロの鳥類学者になろう!」と思っていたわけではありません。卒業論文、修士論文とメグロの研究を楽しく続けて、そのまま博士課程まで入りました。その研究をしていく中で今の所属の森林総合研究所の方と知り合いになって、就職するきっかけとなりました。

研究者になれるだけのことをやってきたつもりはありましたが、一生研究を続けていくことができるだろうかという不安はありました。ただやってみないと分からないので、やってみてダメだったらしっぽをまいて逃げようと覚悟を決めて就職しました。そして、研究をしながら次々に新しいテーマに出会うことができ、これまで研究を続けてこられたのはとてもラッキーだったと思います。


「時の子供たち」エイドリアン・チャイコフスキー (著)

SFがすきです。この本は上下巻にわかれています。最初は読みづらいなと思ったのですが、後半になるに従いとても面白くなっていきました。生物の進化などが関わってくるお話なので今回オススメとして選びました。海外の作品ですが、SFは単に思いつきや想像だけで書かれた本は少なく、ほとんどの作品は科学的事実に齟齬がないよう綿密に計算されています。この本も生物学者などの各分野の専門家の知見のもとに、作者がいろいろな工夫をして書かれたものです。だからこそ説得力があって、ファンタジーではなくてサイエンスになっています。この本には鳥ではなく蜘蛛がでてきますので、蜘蛛に興味がある人がいたらぜひ読んでみてほしいです。

川上さんの書籍『鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ』

 学校ではいろんな勉強をやりますが、その中で絶対に役に立たないと言えるものはありません。僕は今は生物学をやっていますが、実は高校のときは生物を取っていなくて、物理と化学をとっていました。その知識は研究を始めてから役に立っています。たとえば、物理で習った電気の知識は、自動撮影用のカメラを作るのに役に立ちました。最近は市販の機器を使いますが昔は売っていなくて、友達に教えてもらいながら自分で基盤を組んで作っていたのです。またDNAの分析には化学が不可欠です。

 また、小笠原諸島で研究をする上で、過去にどういう生物がいたのかを調べるために江戸時代の文献などを読みますが、そうすると古典の知識も必要になってきます。論文を書くのには英語の知識が必要だし、表現するためには国語の勉強は必要だし、場合によっては論文用に図を描くのに美術も必要だし、野外調査をするのに体力はいるから体育も必要だし…。そう思うといろんなことが必要で、例えば理系だったら数学だけすればいいやっていうとそういうわけではないのです。国際学会ではダンスで交流を深めることだってあります。いろんなことを勉強しているとそれが役立つことがあります。このため、やれる勉強はやっておくことをお勧めします。確かに後々なんの役にも立たなかったということもあるかもしれません。ただ、学んだことが思いもよらない場面で役に立つ場合があるということだけは覚えていてください。

目次

あなたへの問い

・身近な鳥の形を比べてみよう

・鳥の生活と、その他の動物の生活を比べてみよう

・鳥がいる場所と、いない場所の違いを見つけてみよう


【プロフィール】

森林総合研究所

野生動物研究領域  

川上 和人 さん(農学博士)

東京大学農学部林学科卒、同大学院農学生命科学研究科中退。 著書に『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『美しい鳥 ヘンテコな鳥』『そもそも島に進化あり』『鳥の骨格標本図鑑』『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』『鳥肉以上、鳥学未満。』『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』 などがある。

FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。

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番組へのご意見ご感想お待ちしています。

scienceexpress@gmail.com

写真提供=川上さん


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この記事を書いた人

総合科学研究機構総合科学研究員
サイエンス・エクスプレスMC サイエンスコミュニケーター
気象予報士の資格を持ち、お天気の実験教室などを開催。第11、12回気象文化大賞を受賞。

実験の楽しさや自然の素晴らしさ、災害の恐ろしさ、人類や科学のすごさをみなさんと共有していきたいです。この世界はたくさんの知識に溢れている。学ぶってワクワク。一緒に科学を楽しみましょう!

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