街中で見かける電柱の脇の植物たち。電気が安全に私達の元に届くために、電線の邪魔にならないよう植物の管理が日々行われています。より快適により低コストで管理するために、現在どのような研究が行われているのでしょうか。
電力中央研究所サステナブルシステム研究本部の橋田さんにお話をお伺いました。
電気設備と植物の関係
――電力中央研究所はどういった機関ですか。
電力中央研究所は、科学技術研究を通じて電気事業や社会に貢献することを目的として、9つの電力会社が共同で出資して設立された電気事業共同の研究機関です。研究は自然科学から社会科学まで、電力の安定供給、環境適応性や経済性といったあらゆるものに関わります。私は電気設備の保全業務中に発生する植物関連の問題を解決するための技術開発研究を行っています。
――屋外の植物の問題っていっぱいありますよね。
電気設備は屋外にあるため、その周囲で植物が成長します。例えば樹木が成長して電線に接触すると、短絡が発生して停電事故が起こることがあります。これを「地絡といいます」。そうならないように、電気設備の周りは定期的に管理しなければいけません。今ある技術をうまく最適化することに加えて、より効率的かつ合理的な方法も求められています。植物が成長していく過程でどのように電気設備に干渉しているか、その成長が電気設備の運用にどのように影響するかを明らかにすることも重要な課題となっています。さらに、基礎研究として、将来的に新しい技術の基盤となるような植物の成長制御の研究を行っています。
現在は伐採が中心ですが、薬剤を使って緑を保ったまま成長を制御することもできます。しかし、薬剤の使用が難しい場所もあるため、より革新的な方法で成長を制御したいというのが一つの目標となっています。植物の成長に大きく関わるのが光合成なので、屋外環境で光合成を制御することが根本的な課題です。
――暖かい時期の植物の成長って本当にすごいですよね。薬剤の人体への影響も気になりますので、それ以外の方法で制御できればいいなと思います。
よくわかっていない光合成のしくみ
光合成にはわからない部分がまだたくさんあります。光合成の研究をしていると言うと、小学校で習うような光合成にまだ研究することあるの?などと思われることが多いのですが、研究する立場からいえば、まだまだわからないことだらけです。
――小学校で習う光合成はシンプルですが、大学で習う光合成ってすごく複雑ですよね。
小学校では、初めは「太陽の下で植物の葉っぱが二酸化炭素と水を使って、酸素とデンプン(糖)を作る反応」と簡単に習います。中学に上がると、これは細胞の葉緑体で二酸化炭素から有機物を作る化学反応で、炭酸固定と呼ばれる反応だと教わります。反応にはエネルギーが必要になり、太陽の光がそのエネルギーの源になります。「光で合成」と書いて光合成ですが、では、光のエネルギーがどのように利用されているでしょうか?ここから先が高校・大学で習う光合成です。これを考えると光合成の本質が見えてきます。光エネルギーはそのままでは化学反応には使えないので、化学エネルギーに変換しなければなりません。この化学エネルギーで炭酸固定が進み、有機物が作られます。つまり、化学エネルギーがあれば、二酸化炭素から有機物を作ることができます。言い方を換えると、光がなくても化学エネルギーがあればいいのです。実際に、化学合成細菌という生き物がいて、光を使わずに光合成のような炭酸固定をします。実は、光合成の本質というのは、二酸化炭素からデンプン(糖)を作るところではなくて、光から取り出したエネルギーを化学エネルギーとして保存するところなのです。私が研究しているのはこのメカニズムです。
大学の生物学や植物科学の教科書では、光を化学エネルギーに変換するための全体像が1枚のイラストとして描かれています。詳細なイラストではたくさんの分子やタンパク質が描かれますが、重要なのは「イラストにはある程度分かってきたことしか描けない」という点です。また、イラストはある瞬間の点を切り取った写真のようなもので、ここからはわからない点がいくつもあります。
――わからない点がいくつもあるというのはどのような点でしょうか?
一つ例を挙げると最後の部分です。光が葉緑素に当たると電子が飛び出します。その電子は様々な分子に受け渡され、最終的に安全に保存されなければいけません。最後に電子を受け取るのがNADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)という分子です。この分子は光合成のイラストには必ず描かれますが、いつも電子を受け取れるだけの十分量が準備されているのか?それとも量が調節されていて、必要な時に量が供給されるのか?といった情報はイラストからは判断も想像もできません。実際にNADPの供給システムは何十年も謎に包まれていました。分かりやすく電池に例えると、充電したいときに空の電池(NADP)がないと充電(光合成)できません。逆に、フル充電になっても空の電池に交換せずに電気を流し続けると、それ以上は充電されないだけではなく、熱を放出するなど危険な状態となることがあります。植物に強い光を当て続けると、使い切れない過剰な光エネルギーは熱として放出されますが、それでも過剰分を除去しきれなければ、やがて枯れてしまいます(「光障害」といいます)。ちなみに、植物の中で充電された(電子を受け取った)NADPはNADPHと呼ばれ、これが光合成で合成される重要な化学エネルギーの一つです。
光合成研究の未来
――分子の中でコントロールしているのか、他の何かが関係しているのでしょうか?
当然ながら、NADPも細胞の中で合成される必要がありますし、これを合成するためにも化学エネルギーが必要です。私が研究を始めたころには、いつどこで合成されるのか、どのように制御されて葉緑体の中に存在するのかも分かっていませんでした。NADPは電池なので、結局のところNADPの存在量が光エネルギーを貯める容量(充電容量)になります。たくさんの電池(NADP)があり、それを充電できれば後で充電した電池(NADPH)を使えますが、少ししかないなら後で使う分も少なくなります。野外で太陽の光の強さは変化しますし、曇れば影もできます。不均一で変化する環境では、植物の光合成も一定ではいられません。環境の変化に呼応して調節されます。その中でNADPの量も必要に応じて調節されているのではないかと考えました。
研究の結果、夜にはNADPがとても少ないことが分かりました。当然、太陽の光がないのでNADPHもとても少ないです。その後で、光が当たるとNADPが合成されて量が増え、逆に光が弱くなると分解されて量が減ることが分かりました。充電容量が想像以上にダイナミックに変動していました。これは植物が余計なエネルギーを消費せずに、成長を最適化するためのシステムの一つです。このメカニズムの詳細を研究することで、いずれ屋外でも植物の成長制御にうまく活かせないかと考えています。
――まとめると、今後、植物の光合成研究は、どのようになっていくと思いますか。
近年は、空間内の1つの分子の動きを追跡して計測する技術や、生きた細胞の中でその分子の動きをリアルタイムに顕微鏡でモニタリングする技術開発が進展しています。従来の植物細胞から抽出したものの量を測定する研究では、細胞の中のどこにあったのかという情報失われていました。また、どんなに急いで抽出してもせいぜい数秒から数分以内の変化しか追跡できませんでした。リアルタイム追跡によって細胞の中や葉緑体の中の三次元の空間変化と、数ミリ秒レベルでの細かい時間変化が見えるようになります。今まで見えなかったものを観察できれば、今まで分からなかったことが分かります。今は技術の進歩がはやく10年前の最新技術が直ぐに古い技術になってしまいますので、技術革新に追いついていくのも大変なことではあります。
自然の中で育まれた夢と科学への探究心
――現在に至るまでのお話。こどもの頃、夢はありましたか。
子供の頃はなりたいものがコロコロ変わっていました。自分の中で一番記憶にあるのが、警察官や裁判官になりたいなと思っていたことです。小学校の通学路の途中に交番や派出所があって、通学の途中で警察官と結構仲良くしていただき、あこがれていました。
あまり教育熱心な家庭ではなかったので、勉強しろと言われたこともなく、暇さえあれば外で遊んでいました。小学生の頃は大阪の山奥に住んでいたので周りに遊ぶものがなく、野山を散策したり動物や虫を観察したり、自然と触れ合うことが多かったです。中学にあがっても勉強に熱心になることはなかったと思います。
中学生のときはあまりなにかに夢中になったという記憶はありません。強いて言えば、その頃から家で料理をするようになりました。
――すごく伸び伸びとした環境で、自然を体感して学びを得たのですね。高校から進路を狭めていったのでしょうか。
高校でも明確にサイエンスや植物学に関する興味があったわけではないのですが、自分の住んでいる世界に漠然とした興味はありました。自然や人工物、生き物に対する個別の興味ではなく、「自分が生きている世界」と「生き物」とがどのように繋がっているのかな?というところに興味があり、栽培作物や森林環境、畜産、農業経済などが幅広く学べるという話を聞き農学部を希望しました。
大学ではいろんなことが経験できて楽しかったです。キャンパス内に広い農場があるところに進学したので、外に出ればいつでも植物に触れることができる環境でした。
研究室の専攻では、いろいろ悩みましたが、自然に自分の中で変異を誘発する動く遺伝子(transposonトランスポゾンと言います)に関する研究室に興味があってそこに入りました。使っていたのはキンギョソウという植物で、育てる温度の変化に応答して、動く遺伝子が活性化されて別の場所に動くことで(転移といいます)、新たな変異を起こして花の色が変わるところに興味がありました。
大学4年生から博士課程まで計6年かけて研究に取り組み、トランスポゾンの転移が活性化したり不活性化するメカニズムに、シトシンのメチル化というDNA修飾(エピジェネティクスといいます)が関与することが分かりました。しかし、なぜ育てる温度が変化するとシトシンのメチル化が変化するのかは分かりませんでした。これは、植物が環境の変化を感知して、それをシグナルとして何段階もの伝達を行った最終的な結果を見たに過ぎません。途中が気になって仕方がなかったので、博士の学位を取得した後は植物の環境応答研究をライフワークとし、環境変化の影響を受けやすい細胞エネルギーや光合成を研究対象としてきました。キンギョソウを実験材料にすると時間がかかるので、この頃から成長が早いモデル植物の「シロイヌナズナ」を使った研究にシフトしていき、現在に至ります。
研究を進めると、何かが分かるたびにそれ以上に分からないことが増えていき、研究が進めば進むほど自分が何も分かっていないことを実感します。基礎研究の部分では、20年近くもの間、同じことをやり続けている気がします。それだけの間、NADPという1分子のことを考え続けてきたと思うと、我ながら驚きます。ですが同時に、その過程で新たな発見や理解が少しずつ積み重なり、少しでも謎が解明されてきたことには達成感を感じます。「分かっていることしか分かっていない」という現実を強く実感しています。「知らないこと」は認識できていないことがほとんどなので、実際には想像以上にまだ多くのことが未知のままだと思います。知れば知るほど新たな疑問が生じるため、常に「まだまだ知らないことだらけ」という意識を持ち、真摯に研究結果と向き合うことは大切です。
「まだ光合成の研究をしているの?」と言われても、「だって、まだ光合成全然わからないでしょう?」、と言いたくなりますね。
科学の面白さとは
植物に対する感じ方は人それぞれです。種類にもよりますが、育てて楽しむ人もいれば、邪魔に感じる人もいます。こうした立場や視点の違いから新たな疑問が生まれ、科学者のアプローチにも影響します。中学生や高校生をはじめ、読者の皆さんにはさまざまな視点で自然に向き合い、物事を捉える力を養ってほしいです。
科学の面白さは、知れば知るほど新たな疑問が生まれ、未知の世界を探求することにあります。視点や視野が変われば日常の何気ない出来事も面白いものになるかもしれません。科学を学べば今まで見てきた世界が違った形で見えるようになるでしょう。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
【プロフィール】
一般財団法人 電力中央研究所
サステナブルシステム研究本部 生物・環境化学研究部門 上席研究員 橋田慎之介
幼少期より親の転勤で各地を転々とするが、主に大阪府北部の山間地で自然と触れ合い過ごす
北海道大学 農学部応用生命科学専攻
北海道大学大学院農学研究科にて学位:博士(農学)取得(日本学術振興会 特別研究員DC1)
東京大学分子細胞生物学研究所(日本学術振興会 特別研究員PD)を経て
公益財団法人 電力中央研究所に入所、環境科学研究所に配属
公益法人制度改革後の組織編制を経て現所属
本務である電力中央研究所での研究の傍ら、埼玉大学で非常勤講師を務め、NPO法人で雑草インストラクターとして国内の雑草問題の解決に取り組む
FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。
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写真提供=橋田さん