一般社団法人SAVEIWATE代表の寺井良夫さん((64)は東日本大震災直後から被災地支援活動を行ってきました。寺井さんが被災地に新たなビジネスを創ろうと注目したのが「くるみ」。なぜ「くるみ」に着目をしたか。そして、「くるみ」の可能性について、お話を伺いました。
岩手の「くるみ」の可能性
2011年3月の東日本大震災。当時は、岩手県盛岡市でまちづくりに関わる会社を経営しながら、地域の川周辺の環境整備などの市民ボランティア活動に関わってきました。
盛岡市は直接の被害は少なく、震災の2日後には市民活動をしていた仲間たちと集まって、被災地への支援を始めました。その流れで「一般社団法人SAVEIWATE」という支援団体を立ち上げ活動してきました。最初は、被災した方々向けの支援物資を全国から集めて被災者の方に配布するという活動をしていたのですが、外から支援するだけではなく、被災地で新たな産業を立ち上げることはできないかなと考えていました。
そこで注目したのが「くるみ」です。皆さん日本でとれた「くるみ」は食べたことがありますか?
日本で流通しているくるみのほとんどが海外から輸入した「洋ぐるみ」で、多くはアメリカのカリフォルニア産です。日本産のくるみは「和ぐるみ」と呼ばれ、外国産のくるみよりも油分が少なく、味に深みがあり、とてもおいしいです。
この「くるみ」が被災した岩手の沿岸部にはたくさん生えています。お正月のお雑煮も、お雑煮に入ったおもちにくるみのたれをつけて食べる文化があります。この「くるみ」を使って、被災地の皆さんの収入を支えたり、新しい商売・ビジネスを作ったりすることができないかなと考えていたのです。
そこで、まずはくるみの買い取りからはじめました。被災地の方に呼びかけると、予想以上に多くのくるみが集まりました。なんと、約230万個、重さにして23トン分のくるみが330名の方から集まりました。これを1キロ250円~300円で買い取り、被災者の方の収入の足しにしていただきました。
次は仕事づくりです。盛岡市には当時約1500人の方が沿岸部から避難しており、その方々に声をかけて、くるみの殻をむく作業をお願いしました。集まったくるみの殻を割り、中からくるみの実を取り出していただきました。
くるみでモノ・コト作り
最初は殻付きのくるみやむいたくるみの実を売っていましたが、色々なアイデアを形にしていきました。まずは、くるみを使った和菓子を地元の和菓子屋さんと共同で開発しました。くるみを醤油と砂糖で包んだ「和くるみ糖」。さらに珍しいくるみのお酒やくるみのペーストを練り込んだ、ソフトクリームを開発しました。くるみの殻はキーホルダーやペンダントに加工し、庭に敷き詰められるガーデニングの材料としても売り出しました。
そして、次に注目をしたのは、くるみの木の「皮」です。当時、盛岡に避難していた方々の生活を支援する中で、女性の皆さんには「縫い物」や「針仕事」のような手仕事を提供できていたのですが、男性の方向けに何か手仕事ができないかと考えていました。それが居場所作りにもつながるからです。
そこで注目したのが、くるみの木の皮です。私も民芸店を売っているお店でくるみの木の皮を編んだ「かご」が並んでいるのを見たことがあり、いいものだなあと考えていました。
震災から3年経った2014年から「くるみかご」の生産を本格化しました。くるみかご作りは、被災して盛岡に避難されていた方々にお願いしました。もともとは漁師や別の仕事をしていた方なので、くるみのかごを編んだ経験はありませんでしたが、盛岡のかご職人の方に講師をお願いして編み方を教えて頂きました。
くるみの木の皮は実は簡単にはがすことができます。
この木の皮を細く切って乾燥させ、繰り返し編んでいくことでかごが完成します。1つのかごにかける時間は2週間から1か月ほどです。
さらに、より多くのかごを安定的に作れるように2014年からくるみの木の栽培を始め、現在は3500本のくるみの木を育てています。
応援が繋いでいる「くるみ」へのこだわり
くるみにこだわり続けて10年が過ぎました。なぜ続けているかは、くるみが岩手の文化だからです。岩手ではおいしい味がすることを「くるみ味がする」といいます。
くるみのおいしさは本物でみんながくるみのおいしさを認めているからこそ、「くるみ味」という言葉になっている。だからくるみを使ったビジネスを作ることに「間違いはない」と考えています。
山には本物の宝があります。山を歩き、本当にすごい「恵み」があることや自然のありがたさを味わってもらいたいと考えています。特に東北地方の山には、くるみもそうですが、山菜やきのこ、山ぶどうなど、たくさんの恵みがある。例えば縄文人のように、私たち人間は自然の恵みを与えられながら生活してきたわけです。
ただ時代の変化で山菜はなかなか食べられなくなり、くるみも外国産が増えている。こういう状況を少し心配しています。
自然のありがたみを感じることができれば、何か行動に移せるきっかけになる。最近色々なところで耳にするようになったSDGsの達成にも貢献できると考えています。
くるみに取り組んで10年。続けられたのは支えている人がいたからです。被災者の方が楽しそうにやりがいを持って取り組んでくださっているので続けることができた。私だけの「やりたい」という気持ちだけでは続けられなかったと思います。色んな人が応援して、支えているからできたと思います。生産する側、買ってくれる側、たくさん色んな人が関わっているので、やめるわけにはいかない。まだまだ途上だと思っているので、最後、形になるところまで仕上げていきたいです。
(本の情報:国立国会図書館リサーチ)
写真提供:寺井さん