人間の判断と意思決定 認知科学からスポーツを考える

人間の判断や意思決定のメカニズムに興味を持ち、約7年間にわたり認知科学を中心に研究を続けている、東京大学学際情報学府博士課程の今泉拓さん。日常生活やスポーツにおける判断の不合理さに着目し、2024年には初となる書籍を出版しました。研究のきっかけや探究活動を行う高校生へのアドバイスを伺いました。

目次

人間の判断と意思決定への興味

心理学やスポーツ、行動経済学などを研究していますが、大きなテーマとしては「認知科学」を中心に研究しています。

この研究のきっかけは、人間の判断や意思決定に対する興味から生まれました。もともと理科2類で東大に入学して教養学部に進みました。大学4年生の頃から、日常生活における人間の判断や意思決定のメカニズムに疑問を抱き、その謎を解明することを目指して約7年間研究を続けています。

例えば、「しめじ(キノコ)が近づくと愛らしく見える」という現象について研究しまして、2024年の8月に東大のプレスリリースでも取り上げていただいたのですがX(旧Twitter)で結構な反響がありました。

この研究は、主に人間が物をどのように認識し、判断するかに焦点を当てています。具体的には、しめじを使った実験で、単にしめじを見たときは特に感情を抱かない人でも、しめじが近づいて抱きつくようなカタチになると愛らしいと感じる人が多いという結果が得られました。このような現象がなぜ起こるのか、その背後にある認知のメカニズムを探ってきました。

これは物理的には「しめじ」なのですが、我々が外界の情報を取得して、そこに何らかの意味づけを加えているということです。このように人が外の情報をどのように解釈しているかに興味を持ち、「認知科学の研究をやってみたい」と思えるようになりました。

認知科学の視点からスポーツの研究を行う

認知科学の視点からスポーツ選手の意思決定についての研究もしています。自分もスポーツを観るのが大好きで、スポーツ分析を行う会社でアルバイトを行いながら野球の試合データの分析などを行っていました。ここでもスポーツ選手が大舞台でミスをしてしまったり、あるいは認知心理学的な興味から、「なぜ一流のアスリートもつい間違った選択を行ってしまうんだろう」という疑問がきっかけです。

私は、スポーツのパフォーマンスや試合結果に影響を与える要因を科学的に分析することを試みてきました。この分野では、スポーツに関わるデータを集め、認知科学や心理学を活用しながら、選手や監督の判断、審判の判断を客観的に研究しています。

例えば、「サッカーのPK」。皆さんもサッカーのワールドカップで日本がPK戦で敗退したシーンを覚えている方もいらっしゃると思います。PKが決まる確率は上段に蹴った方が高いのですが、実際には下段に蹴る選手の方が多いのです。下段の成功率は73%、上段は81%で上段に蹴った方が高いのですが、集計した443キックの中で上段を狙った選手は全体の3分の1ほどしかいませんでした。

PKの不可解な数字

〇成功率
下段73% 上段81%

〇実際に蹴られた割合
下段66% 上段34%

これは、上段に蹴ってしまうとゴールの上に外れてしまうことを恐れて、より安全にいこうという心理が働いて下段に蹴る選手が多いといえます。実は人間には損失を回避しよう(より安全な選択肢を取ろう)という心理が働くという傾向がありまして、これを損失回避バイアスといいます。

また、応援の効果についての研究では、観客の人数が試合に与える影響を調べました。多くの観客がいると、審判にも影響を与え、微妙な判定が選手に有利になることがあることがわかりました。具体的には、観客が多いチームでは年間の見逃し三振が減少し、逆に観客が少ないチームでは増加する傾向があります。

さらに、野球選手の打率は「3割」を超えれば一流打者の証なのですが、データを調べると3割ぴったりとか、3割ちょっと超えたくらいの打者が多くて、実は三割届くかどうかのバッターの最終打席はフォアボールの数が極端に少ないんですね。(※安打を打てば打率が上がるので、フォアボールだと打率が上がらない)

さらに、シーズン最終打席を打率2割9分9厘で迎えたバッターの最終打席の打率は4割を超えるほど高くなったという研究もあります。これは「概数効果」というのですが「3割打者」という目標を達成するために、無理してでもヒットにするという心や、打ちにいくという行動が見られます。このようにデータを確認しながら、選手の心理状態やパフォーマンスへの影響を用いて明らかにしています。

これらの知見を2024年の6月に「行動経済学が勝敗を支配する 世界的アスリートも“つい”やってしまう不合理な選択」という本にして出版しました。将来的に研究者を目指すにあたり、学生のうちに自分の所信表明的なものを残しておきたかったことと、それから、何か面白い学びや発見を紹介しながら、皆さんの日常を豊かにする一冊を書きたかったということもあり、出版をしました。

本の情報:国立国会図書館

自分自身の興味と知識を探究に活かそう 

 探究学習を行っている高校生に対するアドバイスとしてはまず第一に、自分が興味を持つ学問を深く学び、その知識を道具として活用することが重要です。たとえば、認知科学に関する知識を持つことで、スポーツの観戦中にその知識を応用し、面白い視点で分析することができるようになります。このように、特定の学問を学ぶことで、周囲の現象に対する感度が高まり、学びの楽しさを実感できるでしょう。

また、自分の好きなものを大切にすることも重要です。特に今の高校生は、SNSやインターネットの影響を受けやすく、自分自身が好きなものを見つけることが難しいかもしれません。しかし、その中でも、自分が本当に好きだと思うものや、興味を引かれることを大切にし、感性を磨くことが必要です。このようにして、自分の興味を基に探究することで、より深い学びにつながりますし、その方が「楽しい」ので、長続きする探究・研究になると思います。
自分の学びたい分野を深く探究しつつ、同時に自分の好きなものを見つけることが、探究学習者にとって有意義なアプローチであると言えるでしょう。また、自分の「アンテナ」を張って面白いものを見つけるためには、まずは道具としての知識や視点を得ることが大切です。

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この記事を書いた人

探究百科GATEWAYの編集部です。高校生の「探究」に役立つ情報や探究分野の解説、探究の方法について発信します。

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