岩手県宮古市で家業である印刷会社を経営するかたわら、地域活動に精力的に取り組む花坂雄大さん。なぜ印刷業から地域の可能性が見えてくるのか、そして今後どんな展望をもっているのか。花坂さんのストーリーをぜひお聞きください。
震災による気持ちの変化
私が家業である印刷会社を経営しながら地域活動を始めたきっかけには、東日本大震災がありました。
20代の私は、都会に行きたいという想いから、盛岡や仙台の会社など職を転々としていました。アルバイトをしたある会社からは「社員にならないか」と言ってもらえることもありましたが、漠然と「俺の人生これじゃないな」と気が進まなかったんです。
これからどうしようかと考えているタイミングで、「会社が大変だから手伝ってくれないか」と家族から連絡がありました。素直に、親が困っているなら助けに行こうと思いUターン。しかし、その3年後に東日本大震災が発生したのです。海沿いに立地する本社は流されてしまいましたが、幸い無事だった支店で営業を再開しました。すると、濡れた伝票を持ったお客さんや請求書を早く作ってほしいというお客さんが駆け込んできたんです。この経験から、印刷物がないとまちの経済が回らないんだ、と地域における印刷業の価値に気付くことができました。
また、地元に対する気持ちの変化もありました。震災前までは、地元のことが好きではありませんでした。なぜなら、市内企業の約4割は自社の取引先なので、どこにいってもお客さんだらけ。頭を下げて歩かないといけないこのまちが窮屈で仕方がなかったんです。
しかし震災後、その気持ちは変化しました。外から来た大勢のボランティアの方が宮古の復旧・復興活動をしてくれる姿を見る一方で、自分は家業の立て直しで手一杯で、まちの復興に関われていないことが心に引っかかるようになりました。震災でまちの一員であるという当事者意識が芽生え、自分たちのまちのことは自分たちでやらなきゃ、と思うようになったのです。
そんな時、知り合いから「若手経営者たちで復興イベントを運営しないか?」と声をかけてもらいました。もやもやを晴らしたかった私は参加を決めました。そこから、地元愛の強い人々と交流が生まれ、より地元のことが好きになっていったのです。
印刷業を通して街の人をサポート
私たちは地域の印刷屋さんとして、お客様からのご要望に合わせて印刷物を制作する仕事をしています。例えばお店のチラシやポスター、会社の名刺、カタログ、ポイントカードや診察券、自分で出版したい本や冊子、イベント用ののぼりの印刷まで、幅広く取り組んでいます。印刷は、経済や文化といったお客さんの物語を紙に擦り出す営みでもあります。
印刷業界は、ここ50年間で技術革新により激変しています。1450年頃、活版印刷技術が発明され、そこから500年くらいは大きな技術の変化がなく、活字を使った印刷をしていました。しかし、1980年代からデジタル技術が導入されました。そして、2000年代には家庭用インクジェットプリンターが普及して家庭で印刷ができるようになり、2010年代にはパソコンに「パワーポイント」が標準装備され、誰でもデザインして個人で印刷ができる時代へと変化していきました。
このような変化の中で日々の業務がコモディティ化し価値を失い、印刷業には変化が求められていました。そこで、戦略を練る上で私は原点に立ち返ってみました。昔から私たちの役割は情報を加工することによりお客さんがやりたいことの支援をする仕事。印刷はあくまで手段です。したがって、今では印刷という形にこだわらず、お客さんの目的に寄り添ったあらゆるサポートをしています。
例えば、チラシを作って欲しいと地域のお店から相談があったとします。しかし、よく目的を聞いてみると、SNSアカウントを作って発信した方がよさそうです。そこで私は、「SNS運用をした方がお店のお客さんにとっても情報が受け取りやすく、お店にとってもコスト削減につながりますよ」と伝えることもあります。このように目的に寄り添うことはもちろん、地域の方々の未来を想像しながら仕事しています。
また、復興支援イベントの時に知り合ったメンバーとともに、地域活動も行っています。子ども・若者の活躍の場や主体性を育む場を提供する「NPO法人みやっこベース」の副理事長を務め、宮古をフィールドとした魅力発見プログラムや、若手社会人の横の繋がりを作るプログラムなどの企画にも携わっています。印刷業で得られた人脈の広さを駆使し、子どもたちと大人がつながることで徐々に地元へ愛着をつけていく姿を見るのが嬉しいですね。今後の地域の将来を担っていく子ども・若者を育成することは大事な活動だと思っています。
資源を活かして豊かなまちに
私の今後の展望は、宮古にある資源を最大限に生かし、人口が減っても人々が豊かに暮らしていけるまちにしていくことです。宮古には豊かな自然や産業、人の資源があります。人口減少とセットで暗い話題が多いですが、人口が縮小しながらも充実した地域は目指せると信じ、日々活動を行っています。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
写真提供=花坂さん