神奈川県藤沢市でブランド豚「みやじ豚」を育てる宮治勇輔さん。「1次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にしよう」という思いで実家の養豚農家の経営を引き継ぎました。また、全国の農家を巻き込んだネットワークづくりにも長年取り組んできました。社会課題を解決するための課題の設定の仕方や解決に向けた取り組みについて伺いました。
1次産業を3K産業に
実家は3代続いている農家で、神奈川県の藤沢市というところで父の代から本格的に養豚をはじめました。実家を継ぐ気はもともとありませんでした。大学卒業後には一般企業に勤め、いつかは起業しようと思っていました。起業に向けてビジネスの勉強をする中で、「自分にしかできない仕事」を考えたのですが、その「自分にしかできない仕事」というのが、実家に帰って親の仕事を継ぐことでした。
「1次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にしよう」と農業の道に進むことにしました。当時考えていた、農業の課題は2つあります。1つは、値段を決めるときに、豚肉の味が評価されないこと。もう1つは、お客さんの評価が生産者に届かないことでした。
この「課題設定」はとても大切です。例えば「農業の後継者不足が課題だ」ということがよく言われますが、個人的には後継者不足は課題ではないと考えています。なぜなら、後継者の不足は「結果起こったこと」だからです。「結果起こったこと」なので、農業そのものの課題ではない。
農業の課題がある→結果として後継者が不足する
という流れなので、「農業の課題そのもの」を解決しないといけない。この課題設定を間違えてしまうと、解決策も含めてすべてが間違えてしまう。課題を設定すれば解決策はたくさんあるので、この「課題の設定」がとても重要になります。
バーベキューで課題解決
生産者が値段を付けられない、お客さんの声が届かないという課題をいっぺんに解決するために考え出した解決策が「バーベキュー」でした。バーベキューなら私たちが値段を付けられますし、私たちが育てた豚を、直接味わって頂き、お客さんのリアルな声を聞くことができます。この「バーベキュー」は月1〜2回のペースで15年間続けてきました。お客さんから「最高においしい」という声をいつも頂くことができますし、それから飲食店の方からも「うちの店で使いたい」ということを言って頂いています。このバーベキューの場があるからこそ、自分たちから売り込みに行く必要がありません。
そして自分自身の原体験の1つが、この「バーベキュー」でした。大学生だった20歳の時、野球サークルの仲間と、実家でバーベキューをしたんです。「こんなにおいしい豚肉は食べたことがない」と言ってくれたのですが、「この豚はどこで買えるの?」と言われたときに、私も父親も、答えることができなかった。一度流通してしまうと、自分たちが育てた豚も、どこに行ってしまうかわからないのです。
今は流通の経路を変えて、「みやじ豚」というブランド豚を生産しています。この豚肉を手に入れられたり、食べたりできるのは、お取引のある飲食店、インターネット販売、バーベキューなど限られた場所だけです。
私たちが豚を生産している神奈川県藤沢市は土地がたくさん余っているわけではありません。その環境の中でできることは、規模を大きくするのではなく、少ない頭数を丁寧に育てて、美味しい豚肉を作ることでした。米や麦、芋類などを特別に配合したえさを与え、豚にストレスを与えない環境で育てることで、臭みがなくおいしい豚肉が出来上がります。
農業の「後継者不足」に向き合う
農業の「後継者不足」はここ30~40年課題と言われていることなのですが、新しく農業をする方を増やすよりも、農家に生まれた方々、実家が農家の方々に農家を継いでもらうのが先だと考えました。私自身もそのような形で実家の養豚業の経営を引き継ぎました。
農家の息子が、農家を継いだ場合、家賃はいらない、食事もある、すでに販路もある、そして農業のことはお父さんが教えてくれる。ここに、農家の息子が持っているビジネスのノウハウや人のつながりを組み合わせれば、チャンスがあると思いました。
「早く行きたければ1人で行け 遠くに行きたければみんなで行け」という言葉があります。農家の子(こせがれ)をそそのかして実家の農業を継いでもらいたい。そして、若い農家のネットワークと活躍の場を作りたい、その思いを実現するべく、2009年に「NPO法人農家のこせがれネットワーク」を設立しました。全国各地で、農家の「こせがれ」を集めた勉強会や交流会を重ねてきました。東京のどまんなか・六本木でマルシェのイベントなどを開催したこともあります。
各地で勉強会を開催してみると、「尖った」生産者の仲間たちがどんどん集まりました。当時は若手の生産者が横でつながる機会はあるにはあったのですが、その集まりに満足できず、近くに悩みを相談できる人もいなかった。私たちの若手農家のネットワークでは、全国に同じような境遇の仲間がいるので、その仲間が集まった結果として宮城県や北海道、関西など全国7拠点にネットワークの拠点ができました。
そして5年経過して活動もひと段落したな、という感覚を得た私は、農業の最大の課題は、事業承継にあると考えました。事業承継とは、先代から後継者が農業の経営を引き継ぐこと。そして私たちは、農家のこせがれをはじめとする後継者が、先代から「積極的に」経営を引き継いでもらい、若いうちにチャレンジをするということを提唱しています。
私自身も若いうちに経営に参加できたからこそ、売り物、売り先、売り方を少しずつ変え、自分に合った形で、時代に合った形でビジネスモデルをずらすことができたと思っております。
また、この事業承継の課題は、農家だけではなく、地域のお菓子屋さん、伝統工芸の作り手、旅館など、すべての「家業」の後継者につながる課題だということにも気づきました。そこで2017年に家業後継者のコミュニティ「家業イノベーション・ラボ」を立ち上げました。
未来のために家業を残す
まずは自分たちの「みやじ豚」については、今後加工や飲食にも挑戦していきたいと考えています。オンラインショップも強化していき、トータルで食のことが学べる働く環境を用意していきたいと考えています。
また、「家業イノベーション・ラボ」については、どんどんリアルで集まれるイベントを開催していきたいと考えています。家業は日本の文化や歴史、伝統を担ってきました。家業の中には、400年、600年続いているところもある。例えば1000年京都で続く、お団子屋さんがあります。そこは神社におもちを奉納するのが「家業」で、それだけでは従業員を養えないので、観光地でお団子を売っているそうなんです。それは稼ぐ、「稼業」ということです。
各地域で、色んな文化が守られてきて、例えばお漬物1つ取ったって、日本全国で全然違うわけです。グローバル化が進み、日本全国に同じような店が並び、その家業がなくなってしまえば、日本にとって大事なものが失われてしまいます。そんな未来にしたくない、私たちの世代が踏ん張らないといけないと思っています。「家業が残ることは、日本が残ること」だと思って、これからも取り組んでいきたいと考えています。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
写真提供=宮治さん