福島県川俣町の農園「Smile farm」の谷口豪樹さんは、埼玉県のご出身。仕事で移り住んだ福島県で未経験だった農業に取り組み始めました。福島の復興に貢献するため、最新のデジタル技術を使った「新しい農業」に取り組む谷口さんに、農業にかける思いや今後の展望を伺いました。
復興に携わるため農家に転身
埼玉県の出身で、大学卒業後、ゴルフ用品を販売する会社に就職しました。2011年の東日本大震災の時は茨城県で働いていました。1週間ほど、電気や水道は止まりましたが、隣の福島県が津波や原子力発電所の事故で被災していることをニュースで見ていました。「何か福島のためにやりたい」ということは感じながら、何もできないままでした。
2年後の2013年、転勤でその福島県に勤務することになり、福島市にあるお店で働きました。住んでみると、福島県の魅力を実感しました。例えば、体調を崩してお店に出勤できなかった時、お客さんから連絡を頂いたことには驚きました。このような「人のよさ」は福島暮らしが長くなった今でも感じることが多くあります。
福島で妻と知り合い、結婚を機に妻の実家で取り組んでいる農業を手伝ったことが、今の仕事のきっかけになりました。妻のお父さんは、福島県の川俣町の山木屋地区で小菊などを育てていました。山木屋地区は福島第一原子力発電所の事故の影響で、2017年3月末まで避難指示が出されていた地域でした。
妻のお父さんは、震災の次の年に避難指示が出ていなかった川俣町の別の場所で新しい土地を借りて農業を再開していました。そのお話を聞いて、農業という仕事に胸を張って取り組んでいる姿がすごいと思いました。同時に、「農業」という、人生をかけられる仕事の素晴らしさを知りました。
それまで農業は未経験でしたが、この出会いと、「復興に携わりたい」という思いが強く、農家に転身することを決意。2018年から川俣町の山木屋地区で花の栽培を始めました。
川俣町で「復興の花」を育てる
東日本大震災後、川俣町では「アンスリウム」という切り花を栽培する町民を募集し、私もその生産者の一人として参加しました。アンスリウムは熱帯が原産の多年草で、色鮮やかな葉が特徴です。観賞用として楽しまれている花ですが、多くを海外からの輸入に頼っていました。川俣町では、国産のアンスリウムを作り、震災からの復興の花として、ハウス栽培で安定的な供給を進めようとしていました。
川俣のアンスリウム栽培の特徴は、古着などをリサイクルして作られた「ポリエステル媒地」で栽培されていることです。ポリエステルの繊維に人工ゼオライトなどを混ぜて作られていて、触るとスポンジのような手触りがします。東日本大震災後に川俣を支援してくださった近畿大学が開発しました。原子力発電所の事故による土壌汚染の影響を少なくしながら栽培することが可能です。また、土よりも軽いため運びやすく、汚れにくいのも特徴です。
今私は1.3万株のアンスリウムを育てています。白や黄色など様々な色があり、約30種類を育てています。花は東京の市場に出荷していて、自分が作った花を全国に販売できることにやりがいを感じています。
私のビニールハウスでは、積極的にデジタル技術を取り入れています。まず、水やりについては、自動化していて、スマートフォンを使って遠隔操作でできるようにしています。ビニールハウスから離れた場所からでも水やりを行うことが可能になります。アンスリウム生産の面積はビニールハウスで1棟600坪あるのですが、この面積の水やりをするとしたら4時間くらいかかります。デジタル技術を活用することで、農作業の時間を短縮し、少ない人数でも栽培が可能となります。
また、ビニールハウス内の温度は1時間おきにスマートフォンに通知が来るようにしています。アンスリウムは熱帯原産のため寒さに弱く、温度を15度以上に保たないといけません。例えば地震が来てしまうと暖房設備が止まる恐れもあるので、こまめにチェックをしています。
データがあることはとても大事だと思っています。他の農家さんは今までの経験を活かして、ご自身の感覚を活かして農業をされている方たちもいます。私は他の農家さんに比べるとまだまだ農業の経験は浅いですが、温度や水分などのデータを集めて、安定した出荷ができるように栽培しています。
私はそれまでサラリーマンをしていて、農業の経験はありませんでしたが、未経験だからこそ「農業をもっとよくできるのではないか」という視点で農業を考えられているのだと思います。また、今までのサラリーマン時代で得た「お客様のために何をするか」という考え方は今でも生かされていて「花にとっていいことは何か」ということを考えながら、農業をしています。
農業を通じて関係人口を増やす
今後は、「スマイルファーム」を人が集まる場にしていきたいと考えています。2021年から新たにいちごを栽培しており、2022年に初出荷をして、一部ですが観光農園もオープンしました。
山木屋地区は一度原発事故の影響で避難指示が出されて、解除されましたが2022年現在でも震災前の人口まで戻ってはいません。10年後、先を見据えると人口は減っていくと思います。そうなると、ポイントになってくるのは、「交流人口・関係人口」を増やすこと。山木屋地区と関わってくれる町外や県外の方を増やしていきたいと考えています。特に次の時代を創る、若い世代の方にかかわってもらいたいと考えています。
まずはここ川俣町で、私のように新しく農業をはじめる人を増やしていきたいと考えています。ここで農業を体験してもらうことで、まずは農業をはじめるきっかけを提供したいと考えていますし、私たちの仲間を全国に作ることもできると考えています。
2022年5月からは「地域おこし協力隊」として、20代の方がこのスマイルファームで一緒に農業に関わってくださいます。また、東京の大学生も農業体験に来てくださいます。どんどん地域のことを発信していけば、若い世代も関わってくださるので、私たちが農業を通して山木屋地区に来るきっかけを作っていきたいです。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)