福島県猪苗代町で株式会社いなびし 代表取締役を務める長友海夢(ひろむ)さん。
猪苗代町には福島県屈指の観光スポット・猪苗代湖があります。その猪苗代湖に増殖するやっかいものの植物「ヒシ(菱)」を、地域資源として活用するため日々奮闘してきました。ゆくゆくはヒシで地域に産業や雇用を生み出したいと意気込む長友さんのストーリーをご覧ください。
水草「ヒシ」が引き起こす環境課題
私は栃木県出身で、幼いころから競技スキー一色でした。小学生の時には栃木から猪苗代町に移り住み、周辺のスキー場を練習拠点にしていたほど夢中で、中学で栃木に戻ったあとも、高校・大学・社会人と、今現在も競技スキーを続けています。
就職して東京や名古屋で営業職として働きましたが、「最終的には猪苗代に戻りたい」、「地域の活性化に貢献できる仕事がしたい」という気持ちが強くなり、2020年4月に猪苗代町の地域おこし協力隊※に就任し活動していました。
※地域おこし協力隊:総務省の制度で、都市部から地方へ移住し、地域ブランドや地場産品の企画・開発など「地域協力活動」を行いながら、その地への定住・定着を図る取り組み。 |
活動1~2年目は、観光地のキャッシュレス決済の推進や、SNSでの地域情報の発信、公共交通の調査など、様々な業務に携わります。営業職から転身したので専門知識があるわけではなく、1から勉強しながら実地で学びました。
そんなある時、猪苗代湖の水環境保全ボランティアに参加し、水草のヒシが増殖しすぎて湖をびっしり覆いつくしている現場を目の当たりにします。ヒシは池や沼などに生える水草で、葉が水面に浮く浮葉植物です。増殖し過ぎた水草は秋頃になると腐敗し、湖にとどまることにより、湖の生態系が変わったり、水質が悪化してしまいます。猪苗代湖でも定期的に除去していますが、手間と労力、それにお金もかかります。そんな現状を知った私は「なんとかしなければ!」と解決策を考え、それが現在の活動につながっています。
ヒシの実を食用に生かす
2022年に「株式会社いなびし」を設立し、猪苗代湖の水環境保全の事業と飲食事業に取り組んでいます。
湖の厄介者であるヒシの実ですが、古くから食用としても用いられてきたそうです。
「それならば、ヒシの実をお茶に加工して販売できないかな?」
「観光客がヒシの実を収穫してお茶にするワークショップを開催できないかな?」
SDGs ※も意識して、ヒシを地域の観光コンテンツとして活用してしまおうと考えたのです。
※ SDGs:Sustainable Development Goalsの頭文字をとった略語。意味は「持続可能な開発目標」。 |
事業に取り組み始めた当初は、手間がかかるだけで採算の合わない商品を作ったり、加工場の整備が間に合わず、回収したヒシの8割をダメにしてしまったりと、たくさんの失敗をくり返しました。2022年初旬にようやく形になり、道の駅猪苗代で「猪苗代湖産ひし茶いなびし」の販売を開始。SNSなどでも発信し、今では多くの方に知っていただけるようになりました。
また、会津にほど近い猪苗代町は、蕎麦がとてもおいしいです。町内に蕎麦屋の数は多く、行列のできる蕎麦屋もあり、町をあげて「蕎麦の里」としてブランディングを進めています。町内で独自に栽培するブランド蕎麦『いなわしろ天の香』も人気があり、毎年開催される蕎麦祭りのチケットもすぐに売り切れてしまいます。
私も「蕎麦の里」ブランディングに貢献するため、シェアキッチン ※ 内に「そば処いなびし」を出店していました。
※ シェアキッチン:曜日や時間帯で経営する人や業態が変わるお店 |
夜に食べられる蕎麦屋があれば、町の明かりも増えて商店街の活気にもつながります。「そば処いなびし」では、猪苗代名物の蕎麦とひし茶のコラボレーションも実現。蕎麦をひし茶につけて、その後つゆにつけて食べるという新しい食べ方も提案しました。
幅広い層に人気の「蕎麦打ち体験」や、目の前で打ち立てを提供する「出張蕎麦打ち」も行っていて、外国人向けの蕎麦打ち体験も好評でした。
猪苗代町に人を呼び込む
株式会社での活動のほか、個人でも猪苗代町に人を呼ぶ活動をしています。冬はスキーインストラクターとして、猪苗代町内のスキー場で社会人や学生に教えています。また、SUP(Stand Up Paddle)にも取り組んでいて、サーフボードの上に立って、一本のパドルを漕ぎ水面を進むアクティビティやBBQなどのアウトドア交流イベントを実施してきました。
町内のNPO団体からの委託。移住促進関係のイベントを開催し、県外から地域に興味のある人を呼び込み、関係人口※ 創出や移住のきっかけ作りを行っています。また、中学生や高校生の教育旅行の体験コンテンツとして、今年の夏から本格的に受け入れを開始します。
※ 関係人口:移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、その地域や地域住民と多様に関わる人々のこと |
また、移住を考えている人と一緒に町をまわって案内しています。勢いで移住してしまうとミスマッチが起こるので、その方の要望に応じて町や物件などを案内しています。
このように手広く色々とやってきましたが、私が猪苗代町に移住してからスタートしたことのほとんどは「初めて」のことでした。やってみないとわからないことが多かったので、まずはやってみる。失敗をしたとしても、失敗を活かしながら次に進めていく。そうしてなんとか形にする。
このやり方だとスピーディに事業が進み、自分の経験値にもなります。
「まずはやってみる」をくり返すうちに、最近では「段取りの大事さ」もわかってきました。インターネットで資金調達をするクラウドファンディングにも挑戦し、ひし茶の事業を拡大していきます。2023年には「FUKUSHIMA NEXT」という未来志向の環境再生についての取り組みを表彰する制度で第二回環境大臣賞を受賞することができました。ゆくゆくはひし茶の量産体制を整えて、地域に産業や雇用を生み出したいです。
(「FUKUSHIMA NEXT」環境大臣賞について、環境省HPでの長友さんのインタビュー記事)
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
写真提供=長友さん