「医学×〇〇」で患者さんに寄り添う医師

岩手県一関市で在宅医療を行う杉山賢明さん。なぜ病院ではなく在宅医として働いているのか。そして今後どんな展望を持っているのか。医師には医学的な知識と別の分野との組み合わせが必要とお話しする杉山さんのストーリーをぜひお聞きください。

目次

本質的な「医療」とは

私が医師を目指し始めたのは小学3年生の頃。野口英世の伝記を読み「人類のため生き 人類のため死す」という言葉に感銘を受けました。自分もそうありたい、人のために貢献したいという思いから、医者を志すことにしたんです。以後、受験勉強に専念し、東北大学医学部に合格することができました。

大学で医学を6年間学んだあとは、内科医として現場に出ます。自分が今まで行ったことのない場所で視野を広げたくて、沖縄県の病院に勤務しました。学問としての「医学」ではなく実際に患者を治療する「医療」がはじまりました。「医学」は受験勉強と同じで、病気の定義をもとに診断するという正解がありましたが、「医療」は患者さんの生活を理解した上で想像力を働かせないと治療ができないということに気づきました。

私が最初に受け持った患者さんは脳出血の患者さんでした。幸い、医学的な治療はうまくいったのですが、術後は落ち込んでご飯を食べられない状況に陥っていました。体は弱っているわけですから、食べないと元気になりませんし、退院できません。そこで患者さんに話を聞いてみると、「病気のせいで食べ物のにおいが鼻について食べられない」と回答がありました。その原因を探るべく、私は栄養士に相談しました。すると、「鼻ににおいがつくというのはうつ症状ではないか。あまり匂いがなく、喉越しが良いそばを提供してはどうだろう。」と提案してくれました。実際にそばを提供したところ、見事に食べてくれたという出来事がありました。

このことから、体だけでなく心の病も治療するためには、医学の知識だけでは足りないことに気がつきました。この場面では「医学」に加えて「心理学」の知識が必要ですし、人のことを理解することも大切です。言ってみれば文系的な考え方も必要になります。医学と別の分野を融合させることこそが本質的な「医療」であると学ぶことができました。

今度は「治療」の場面から飛び出し、今度は患者さんが「退院した後」の生活に関心を持つようになりました。患者さんが豊かな生活を送るためには、退院後の生活をサポートする必要があります。

例えば、

治療がうまく行っても入院中に体力が落ちて、リハビリをしないとこれまでの生活が送れない場合や入院する必要はないけれど退院後も通院が必要な場合、退院後すぐに自宅に戻れるわけではなく、介護施設に入ってもらうことも多々あります。

治療のことを英語で「Cure(キュア)」、生活のサポートのことを「Care(ケア)」と言います。介護でもよく「ケア」という言葉が使われます。似ている単語ですが、患者さんのためには「Cure」と「Care」の両方が必要だと考えるようになりました。

そういった場合に連携するのが、患者さんの生活全般をサポートする社会福祉士さん、ケアマネージャーさんなどです。自分が持っていない知識はそれぞれのプロに聞くしかありません。医学の知識だけでは問題解決に至らないので、他の職種の方と連携の重要性を学びました。

暮らしに寄り添う医療

現在、在宅医をしています。在宅医とは、患者さんのお宅を訪問し、診療を行う医師です。病院で働く医者との違いは、治療を行うことに加えて、いかに安心して生活するかをお世話するということ。例えば、患者さんが自宅で療養する上で、「薬をきちんと飲めているか」など暮らしに寄り添う医療を行っています。

在宅医療のメリットは、地域や自宅への訪問を通して、患者さんの背景を深く知った上でコミュニケーションが取れること。患者さんとの雑談も大切にしています。

例えば、こんなことがありました。ある患者さんのお宅を訪問すると、いつも対応してくれる息子さんではない家族が対応してくれました。

「今日は息子さんいらっしゃないんですか?」と聞くと、

「稲刈りに行ったよ」との返答がありました。

「なるほど、今この地域では稲刈りのシーズンなのか」と分かった私は、次に訪問したお宅で「今稲刈りの時期でお忙しいですよね」と話してみました。

すると「なんだ、よく知ってるじゃないか」と患者さんやご家族と距離を縮めることができました。

こうやってたくさんのお家に行くと、一人一人の生活を知ることができることはもちろん、地域の特色を理解することに繋がります。このように地域を知り、患者さんとコミュニケーションをとることで信頼関係が構築されますし、より生活に寄り添った助言をすることができます。これこそが、在宅医療の魅力だと感じています。

広い関心と豊かな想像力

在宅医療においては、お世話をする介護士や看護師などの存在が重要になってきます。お互い気軽にコミュニケーションできる環境作りをしたり、それぞれのプロの立場から意見交換できるような勉強会を開催したりしていきたいです。在宅医療においては、そういったみなさんのスキルアップをサポートするのが医師の役割だと思っています。

また、「医者=病院にいる人」というイメージが一般的ですが、私のように外で太陽を浴びながら働いている医師もいると知ってもらえたかと思います。お伝えしてきたとおり、医者であっても、医学の知識だけで患者さんの課題を本質的に解決できるわけではありません。医学や医療系の仕事に関心があるみなさんには、医学以外の広い分野に関心を持ち、人に寄り添う豊かな想像力を身に付けておくことをおすすめします。

そして、理念や想いに共感できる先駆者を見つけ、つながっておくことも重要です。深くつながる必要はなく、いざとなったら思い出して連絡できる関係で構いません。高校生の今のうちから、そういうキーマンと繋がってみてください。医療に関心のある方がいたら、ぜひ私まで気軽にご連絡ください。

おすすめの本
佐々木 淳「在宅医療カレッジ: 地域共生社会を支える多職種の学び21講」 (医学書院)

在宅医療や他職種連携を学ぶことができる一冊。医療や介護など、在宅医療に携わる様々な職種の方々の講義から、在宅医療に関わる仕事の広がりを知ることができる一冊。

写真提供:杉山さん

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この記事を書いた人

東日本大震災で被災し、高校・大学時代は「地方創生」「教育」分野の活動に参画。民間企業で東北の地方創生事業に携わったのち、2022年に岩手県宮古市にUターン。NPO職員の傍ら地元タウン誌等ライター活動を行う。これまで首長や起業家、地域のキーパーソン、地域の話題などを幅広く取材。

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