国際政治から地元の復興・まちづくりの道へ

宮古市のゲストハウス3710を運営する株式会社日々旅で代表取締役社長を務める加藤洋一郎さん。国際政治学の勉強をしていた加藤さんが、なぜ宮古市で旅行・観光に取り組んでいるのか。そして、今後どんな展望を持っているのか。地元よりも海外に目を向けていたという加藤さんが地元のための活動に取り組むようになったきっかけとストーリーをぜひお聞きください。

目次

「3710」開港のきっかけ

私は幼い時から海外に関心を持っていました。長男として地元に帰らざるを得なかった父から「海外に行ってみたかった」という話をよく聞いていたからです。その影響で姉はニューヨークに留学し、私も大学4年生の時に姉のもとを訪れていました。しかし、その滞在期間中にかの有名なアメリカ同時多発テロ事件「9.11」が起こったのです。人がたくさん死ぬ状況に衝撃を受けた私は、「どうしたら世界は平和になるのだろう」と国際政治学に関心を持つようになりました。

国際政治学とは世界で起こっている戦争の原因を分析し、どうすれば平和が実現するのかを検討する学問です。大学院では国際政治学を専攻し、戦争を回避する仕組みの作り方を研究しました。

修士号を取得し、このまま国際政治学の学者になるために博士号を取りたいと考えていました。しかし、正直、2011年の東日本大震災の前までは地元に関心がありませんでした。英語の勉強も相談できる人がいないし、早く東京や海外に出たいと思っていました。しかし、震災をきっかけにその想いは変化しました。私の住む田老地区は、宮古市の中でも人口減少が進み、深刻な状態であることに気がつきました。そんな中でも、まちの機能を維持するためにはどうすればいいかと真剣に向き合い、奮闘する人がいることに気がつきました。

また、しっかりと地域活動をしていた後輩が亡くなったことも大きいです。彼は消防団に所属しており、地震の後に水門の鍵を閉める役割を果たしたあと逃げ遅れて亡くなってしまいました。地域のために頑張っていた彼が亡くなり、「海外に行きたい」と地域活動から距離を取っていた自分が情けなくなりました。彼の想いを引き継ぐためにも、私は地域に出て活動するようになったのです。

震災後、犠牲者の鎮魂イベントがありその実行委員会に入りました。意気投合したメンバーで読書会を始めたところ、商工会議所からお声がけいただき、着地型観光をテーマに議論するようになりました。着地型観光とは、旅行する人を受け入れる地域側が地域の資源を活かした観光プログラムを考えることです。しかし、何度議論しても、最後は必ず「勉強するだけではなく、誰かが起業して着地型観光をした方がいいよね」という結論に至りました。宮古でボランティアをしてくれた人や外国人旅行客のために宿泊施設がほしいという声があったこと、宮古でゲストハウスをやりたいというメンバーが複数いたことから、会社の設立と代表取締役社長になる覚悟を決めました。その後は物件探しやクラウドファンディングで資金調達し、2018年にゲストハウス3710をオープンしました。

◆ゲストハウス3710のホームページ
https://guesthouse3710.com/

英語を活かして伝える「震災」

現在は、家業の石油店の社長を行いながら、株式会社日々旅でゲストハウス3710を運営しています。ゲストハウス3710のロゴや内装は海や港町をイメージしたもの。クラウドファンディングを実施したほか、ゲストハウスづくりにご協力いただける方を集めて内装などの工事を行い、たくさんの方々に応援いただき完成させることができました。ただ宿泊してもらうだけではなく、「星空ツアー」や「鍛治職人の工房見学」など、地元の資源を生かしたコンテンツを提供しています。現在はコロナ禍で状況が変わってしまいましたが、コロナ前は宿泊者の1割が外国人旅行客で、市内の宿泊施設の中では圧倒的なシェアを誇っていました。

その他にも、個人で語り部の活動をしています。田老地区では181名の犠牲者が出てしまいましたが、一人一人の亡くなり方があります。数字という事実だけを伝えるのではなく、個人名を出して、「この人はきっとこういう想いを持っていたんじゃないか」と感情に訴えかける内容で話すようにしています。

また、2016年には通訳案内士の資格を取得しました。震災当時、外国人記者から「英語ができるのであれば津波のことを発信してくれ」と言われました。そのことがきっかけで、自分の強みである英語を生かして地元の役に立ちたい、田老の津波を海外に知ってもらいたいという想いが芽生えました。資格を取得してからは、観光で訪れた外国人旅行客に対して、英語でガイドを行っています。

様々な人の「舞台」に

今後の展望は、ゲストハウスの運営を安定的なものとし、宿泊客に向けたサービス拡充をしていくことです。「ここに行ってみたい」というお客さんがいれば、スタッフがお客さんを連れて宮古を案内してあげるということをやりたいですね。楽しみたい人を全力で歓迎して、一緒に楽しみたいです。

また、私にとってゲストハウスを設立したのは地域の中に「舞台」を作ったという感覚です。この舞台には誰でも上がることができるし、スポットライトを浴びることができます。今後は起業した経験から得たノウハウを伝えていきたいです。ゲストハウスという一つの小さな舞台から、宮古で挑戦する人たちの地域を巻き込んだ生態系に発展させたいなと考えています。

おすすめの本
岡本太郎「自分の中に毒を持て : あなたは”常識人間”を捨てられるか」(青春出版社)

挑戦する背中を押してくれる本だと思います。

本の情報:国立国会図書館リサーチ

写真提供=加藤さん

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この記事を書いた人

東日本大震災で被災し、高校・大学時代は「地方創生」「教育」分野の活動に参画。民間企業で東北の地方創生事業に携わったのち、2022年に岩手県宮古市にUターン。NPO職員の傍ら地元タウン誌等ライター活動を行う。これまで首長や起業家、地域のキーパーソン、地域の話題などを幅広く取材。

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