研究にも探究にも必要なのは「好奇心」

ドイツ、中国、日本の3拠点で研究をされている齋藤武彦先生は、小学生のころの経験を原点に、物理学の研究を始めました。また、東日本大震災をきっかけに「社会に貢献すること」を意識し始め、東北地方の子どもたちに科学の楽しさを伝える活動を続けてきました。齋藤先生へのインタビューをお届けします。

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「目に見えないもの」に興味を持つ

子供のころから宇宙に興味がありました。特に星がどこにあって、どうやって誕生したのかについて関心を持っていて、小学生のころ祖父からもらった星の一生についての本を気に入って読んでいました。

小学生の時になると、「わからないことは自分で調べてみたい」と思っていて、自分で色々な実験をしていました。

リニアモーターカーの仕組みを知った際には磁石をたくさん用意して自分で作ってみましたが失敗。ガリレオの伝記で天体望遠鏡を知った時は、厚紙とレンズを使って自分でも作ってみました。これも厚紙が柔らかく、焦点が定まらずうまくいきませんでした。失敗ばかりでしたが上手くいかない理由をまた調べ続けていました。

アインシュタインの「特殊相対性理論」について知っていることを自慢してきた友人を見返したくて、特殊相対性理論について調べたりもしていました。知的好奇心旺盛な子ども時代を送っていましたが、実は学校の勉強は好きにはなれませんでした。学校の勉強は今まで誰かがやってきたものの積み重ねで、答えが最初から決まっているものだと感じたのです。私は、「誰もやっていないことに挑戦したい」ということを考え、理系の大学に進み、海外で研究をしています。

今の研究のきっかけとなったのも、小学生の時のできごとです。日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんの伝記を読んだことです。世界を構成しているのに目に見えないものがあることに衝撃を受けました。今研究しているのは、「物質がどのように構成されているのか」という原子核物理学。実は物質を構成している「原子」の中にある「原子核」についてはよくわからないことが多いんです。

研究するにも、高校生の探究活動でも、「好奇心」が一番大切だと思います。私は、「わからないこと」、「見えないもの」への好奇心を持ち続けています。今研究しているのは「1フェムトメートル」、「1ピコ秒」単位で何が起こっているか。1フェムトメートルは1000兆分の1メートル、1ピコ秒は1秒の1兆分の1の長さで非常に短い長さになります。ただ「小さいところで何が起こっているか」が正しくなければ、単位が大きくなってきたときにずれてきますよね。なので「小さいところがどうなっているか」をはっきり精密にさせないといけないと考えています。

東日本大震災をきっかけに東北へ

ここ10年は研究者として、どのように社会に貢献するかを考えてきました。そのきっかけは2011年の東日本大震災でした。東日本大震災の時、私はドイツに住んでいました。何か支援をしたいと思ったものの、何もできない無力さを感じていました。原子力発電所の事故にも胸が痛みました。原子力発電の仕組みには物理学もかかわっているからです。

震災の1年後、2012年から年に2回ドイツから東北に通い、子供たちに「科学の楽しさ」や「物質のはじまり」について伝える授業を行っています。東北の小学校、中学校、高校を2週間ほどかけて回ることを約10年続けており、コロナ禍になった今はオンラインで授業をしています。その数は400回を超えました。

ドイツに住んでいる私が東北で講演することで、「世界の人たちも忘れてないよ」ということを伝えられると思ったのです。実際に講演してみると、東北の子供たちは、素直で吸収力がある。感じたことをそのまま口に出せる素直さがあると思います。

東日本大震災は、インターネットが発達した現代で記録された最初の災害だと思っています。被災した東北の人たちが助け合っている姿が世界を動かしました。他の地域では、被災した地域で争いがおこったかもしれない。東北の人たちが助け合う姿は世界に希望をもたらしたんだと思います。今も日本や世界各地で災害が起こっています。私は震災を乗り越えたみなさんなら、世界に手を差し伸べられるよ、と講演で伝えています。

背伸びして考えてみる

ある物事に興味を持ったら、背伸びして考えることが大切だと考えています。私は小学生の頃、アインシュタインの「特殊相対性理論」の本を読んでいました。

しかし当時は小学生ですから、例えば√(ルート記号)もわからず、内容は全くわかりませんでした。知らないことが出てくるたびに図書館の本で調べて読み進めていました。それでも理解することはできませんでした。ですが知らないことに出会うことで、それを調べるためにまた違う本に手をつけることができ、とても良いきっかけになりました。

今の自分には難しい本であっても、本当に興味があるものであれば、わからないことに出会うたびに自分で調べながら読み進めていくことができます。これによって自分が本当に興味があるのかどうか推しはかることができるのです。

自分が理解できる難易度の、身の丈に合った本を読むと、十分に理解ができ、満足してしまうことになってしまいます。ですから最初に自分のレベルよりも背伸びした本に触れることが大切であると考えています。

科学は知識を積み上げて進化を遂げてきました。普段の勉強と一緒で、簡単なことからスタートして少しずつ知識を積み上げていくことです。

ですが、あるときには突拍子もない発想、ひらめきも必要です。科学においては緻密な理論が重視されていると思われがちですが、人間的なひらめきも大事。科学で大事なのは「遊び心」だと思っています。

「こうなったらどうなるんだろう」という自分の遊び心がすごく大事。科学は自分の中の好奇心を理論や数式で表現することだと思います。芸術も感性で喜怒哀楽を表現すること。科学と芸術は似ていると思います。人工知能(AI)が発達していますが、人間は、人工知能の知識の積み上げにはかなわない。じゃあ人工知能が出来ないのが突拍子もないひらめきだと考えています。

海外のどこかには、自分に合う場所がある

私は若い人たちにリーダーになってほしいと考えています。研究のリーダーというのはまるで企業の社長みたいなものだと考えています。研究チーム全体をよく見てメンバーそれぞれの良さを活かせるように割り振ったり、自分たちが研究していることの面白さを伝えて予算を集めたり、5年、10年先の研究の計画を考えたりする必要があります。そのためには理系の研究であっても、経営、発信力、組織作りといった能力も必要とされるのです。優秀な物理学者であっても研究のリーダーになれるとは限らないのです。

これまでデンマーク、アメリカ、ドイツで研究を行ってきました。今は中国にも研究室があります。特に、私はドイツで20年ほど暮らしていました。ドイツは非常に自分にマッチしてたんですね。自分にとってのパラダイスみたいな国です。

海外で生活するのは意外と楽だったりします。ドイツでは、日本人の私は「外国人」。海外ではしがらみがないので、ある意味責任を感じることを少なくしながら生活することができるのだと思います。失敗しても恥ずかしいなと思うことはそこまでありません。逆にのびのびとやれるところがあります。

私日本では逆にうまく行かないところがありました。実は日本には友達もいなくてあまり好かれない人間でした。自分でどんどん意見を言って人の輪にも入れなかった。とても、きゅうくつさを感じました。外の世界を見ると全然違う文化があった。開放されたような思いでした。ドイツで頑張ったからこそ逆に日本でも頑張ろうと思い2019年、23年ぶりに日本に戻り、今は理化学研究所にも研究室を持って研究しています。

今きゅうくつさや生きにくさを感じている人も、海外に目を向けてみるのもいいのかもしれません。すると、海外には1か所くらい自分に合う場所があると思います。僕はそれがドイツでした。インターネットが普及した現代は現地に行かなくても海外の情報を得ることができます。しかし、匂いや音は伝わってきません。現地に行くことでしか得られない体験がたくさんあります。


おすすめの本
世界史を学んでおくことをおすすめします。海外で生活していると政治、宗教などの話題が雑談でもよく出てきます。世界で起きていることを知って、自分に何ができるか考えることも重要です。

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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