土壌の研究 農業のための土の研究

私たちの食生活を支える土。現代社会では土に触れずに生活をしている人が大多数です。土の研究や実験教室などを実施している国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」)の赤羽幾子さんにお話を伺いました。

目次

研究を通して食の安心安全に貢献

――赤羽さんはどういう研究をされていますか。

 私は食の安全、安心に貢献する研究を行っています。農業の生産に欠かせないものといえば土があります。その中には様々な化学物質があります。その多くは植物の成長に必要な養分です。農業分野で特に重要な化学物質が窒素、リン酸、カリウムで、これらをまとめて三大要素といいます。しかし、土の中には微量ながら有害な化学物質も存在しています。例えば、ヒ素やカドミウムです。ちょっと怖いと思うかもしれませんが、これらの物質を完全に土から取り除くことは現実的ではありません。微量でも農作物のような植物がヒ素やカドミウムを吸収することで、私たちの健康を脅かすことがあるので、それらを吸収させないような栽培技術等の開発や、基礎研究を行っています。

――例えばどのような方法がありますか。

 工夫次第で植物が吸収する量を減らすことができます。例えばカドミウムは、pHの値によって植物が吸収しやすい形や、吸収しにくい形になることが分かっています。カドミウムを植物に吸わせないような栽培を心がけようと思ったら、土のpHを調整します。

――土のpHの調整はどのようにするのでしょうか。

 一般的な家庭菜園で使われている苦土石灰や炭酸カルシウムを撒くことで土のpHをアルカリ側にします。そうすることでカドミウムを土の中で動きづらくすることができます。一方で、ガーデニングや家庭菜園などで育てた野菜を彩りとして食卓に出す程度であれば、カドミウムのことをそこまで気にする必要はないと思います。大切なことは、有害だと思われることに必要以上に怖がることをしないで、土にはそういった一面もあるんだということを受け入れつつ、楽しみながら農作物を育て、そして食の安全についての理解も深めることです。

――赤羽さんはどのような出張授業をされているのでしょうか。

 現在は、農業分野(品種改良)で使用されるバイオテクノロジーを身近に感じてもらえるような授業を行っています。それと並行して、家庭にあるもので行える簡単な化学実験も提案しています。みなさんが一度は聞いたことがあるDNAという化学物質を取りあげます。DNAは生き物の細胞には必ず含まれているものです。私たちが普段口にする食べ物をすり潰してDNA抽出し、観察するという実験をします。DNAは通常、教科書などで化学式や模式図のような形でしか目にしないと思います。それを実際に自分で取り出して観察できるということで、DNA抽出実験は毎回好評です。また、私は元々土壌学の専門家ですので、土の多様性を知ってもらうために泥だんごを磨いてもらう授業も行っています。土の科学的な話や土の重要性を言葉だけで伝える方法では、参加者の関心を惹きつけることが難しいです。そこで出前授業をする際は泥だんごの力を借りて、まずは土に触れてもらうところから始めています。泥だんごは数種類の土を使って用意しますので、土の種類で泥だんごの色や重さが変わること、また泥だんごの表面の磨きやすさも土によって異なることなど、五感を使って土の多様性を感じてもらいたいと思っています。

カラフルな泥団子たち

――現代社会だと土に触れるという機会が少なくなっているので、土に触れる授業というのは大切ですね。

 その点(土に触れる機会が少なくなっている)については、土の研究者として危機感を感じています。世の中が都市化し便利になればなるほど、子どもたちが土から離れていってしまうように思います。義務教育ではコメをバケツで育てたり、朝顔をコンテナで育てたりする際に土を使うという話を聞きますが、そこではあくまでも「土」は育てるための材料としての取り扱いです。その土が何でできているのか、土がどういう役割をするのかについては、学校のカリキュラムでは取り扱われないケースがあることに気付き、土の出前授業を始めました。

――赤羽さんの出前授業は私も受けてみたいくらい楽しそうです。

人と自然環境の共生を学ぼうと大学へ

幼少の頃から生き物の仕組みや科学実験に興味があったので、理科の先生になることが夢でした。実家は田舎で自宅の目の前に祖父母が耕す畑があり、土や生き物にいつでも触れられる環境で幼少期を過ごしました。高校時代、地域におけるゴミ処理場の建設を巡る様々な問題を見聞きすることが増えました。地域の問題に関わる人と人との対立や、地域のあり方について議論する大人の姿を見たことが、地域でどのように生きていくべきかを考えるきっかけとなりました。このような背景があったので、人と自然環境が共生するための勉強ができる(と思われた)地元の大学の農学部に進学しました。

進学先の農学部生物生産科学科は、(ざっくり言うと)食料生産を学ぶところでした。入学当初は食料生産と自然環境との関係性を見出せずに困惑し、学業よりもサークル活動に力を入れていました。環境系のサークルに入り、文系理系に関わらず大学生の個々人が解決したいと思う環境問題や取り組んでいる環境活動を発表し合い、議論することを行っていました。さらに全国の環境系サークルが加盟する学生NGO団体にも出入りし、地方の取り組みを発信していました。しかしながらNGO団体の活動に対し方向性の違いを感じるようになり、サークル活動から離れることにしました。ちょうどこの時期に研究室の配属となりました。目標を失いかけていたところに配属先の先生が、「地域の循環を研究しよう!」と言ってくださいました。自分が学びたかったことと研究がバチッとハマった瞬間でした。

卒業論文は「土壌コロイド特性を考慮したコシヒカリの省資源型施肥法の検討」というテーマでした。この研究で、北関東に広く分布する黒ボク土という土でコメ作りをする場合、化成肥料よりも牛ふんや稲わらを混ぜて熟成させた堆肥を利用した方が、(肥料成分である)リン酸やカリウムの利用効率が高いということがわかりました。堆肥は地域から出た牛ふんと稲わらを材料しており、「地域の循環」を意識した研究でした。博士課程は、リン酸が水田の土の中でどのように動くのかという研究を行うため、また、より基礎的な研究を叶えるため、別の大学に進学しました。

博士課程では、研究活動を通して多くの研究者の方とお会いする機会に恵まれ、農研機構という研究機関があることを知りました。

――「大学ですべてが決まるわけではない」とよく耳にしますが、人生の分岐点は前半部分のキッカケがその後の人生に大きく影響してきたりしますね。

大学は勉強をするだけの場所ではありません、小さな社会だと思います。この小さな社会の中で、自分で責任が取れる範囲で社会活動をしてみたらいいと思います。私は、いろいろな考え方の人と触れ合う機会を持ちたいと考え、そういう部分を意識して活動してきたことが今すごく活きています。

好きなものに正直になろう

好きなものに正直になりましょう。私は人生の分岐点で自分が好きだと思うことを選んできました。そうすることで、覚悟が決まるからです。そして、自分が関わりたい世界を見つけたらその世界に飛び込み、そこで何ができるのかを考えてみましょう。飛び込んだ世界では、柔軟な考え方や失敗を含む経験、そして知識が役に立ちます。中学高校時代は、それらを身につける修行期間とも言えますので、是非いろいろなことにチャレンジしてみてください。

おすすめの本
「寄生獣」(岩明均)
高校生の時に雑誌で連載されていた漫画です。私はリアルタイムで読んでいました。ヒト以外の生き物の目線になった時に、人間の存在意義や生活の優先順位が変わる、ということに気づかされた漫画です。地球環境における寄生獣(有害な生き物)とは何か?についても考えさせられました。また、生き物の多様性を初めて意識したのも、この漫画を読んだ時だと思います。かなりグロテスクな描画がありますが、ストーリーが面白く惹きつけられます。興味を持たれましたら、ぜひ読んでみてください。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

【プロフィール】

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構

農業環境研究部門 化学物質リスク研究領域 無機化学物質グループ 上級研究員

赤羽幾子さん

学位

博士(農学)(2006年3月 東北大学大学院)

専門分野は、土壌学、土壌化学です。2007年より、カドミウムやヒ素等、有害化学物質の土壌-植物系における動態解明および農耕地におけるリスク低減技術の開発に従事。2014年からは、土壌教育に関する活動・研究に取り組んでいます。2021年以降、最新バイオテクノロジーの国民理解を進める情報発信やサイエンスコミュニケーションに携わっています。

FM84.2ラヂオつくばにて毎週月曜22時~22時30分放送中様々な研究所の博士や専門家たちにお話を聞いています。

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番組へのご意見ご感想お待ちしています。

scienceexpress@gmail.com

写真提供=赤羽さん


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この記事を書いた人

総合科学研究機構総合科学研究員
サイエンス・エクスプレスMC サイエンスコミュニケーター
気象予報士の資格を持ち、お天気の実験教室などを開催。第11、12回気象文化大賞を受賞。

実験の楽しさや自然の素晴らしさ、災害の恐ろしさ、人類や科学のすごさをみなさんと共有していきたいです。この世界はたくさんの知識に溢れている。学ぶってワクワク。一緒に科学を楽しみましょう!

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