教養としての会計を考える

 石巻専修大学情報マネジメント学科の関根慎吾先生。「教養としての商業科教育」の研究に加え教職課程も担当し、商業科の教員として教壇に立つ人材を輩出しています。誰もが使う身近なお金を会計学の観点から考える関根先生にお話しを伺いました。

目次

「生き抜く知恵」として会計はどう役立つのか

私は会計学が専門で、財務会計という企業が公表する財務諸表をもともと研究していました。簿記会計は商業高校で基幹科目として学ぶものです。学会の簿記教育についての報告に触発されて簿記教育について論文をまとめるようになり、現在は商業科の教員を養成する「商業科教育法」という科目も担当しています。

私が会計学を学び始めた40年前は、会計学は専門的であることが基本のスタンスでした。でも今では会計のことを知らなくてもビジネスをする人はたくさんいるし、これからやろうと思っている若い人も出てくる。彼らが必ずしも一般的な会計実務に即したビジネスを展開するとはいえない時代です。

身近なことでいえば、家電量販店のポイント制。そんなにポイントをあげて大丈夫なの?と思いますが、そこにはちゃんと仕組みができていて、お店はうまく回っている。でも、問題は会計の仕組みがそれに追いついていないことです。ポイントとは何か、これまでの会計学の考え方ではピンとこない。想定していない実務が展開される機会がどんどん増えています。

そう考えると、なるべく多くの人に会計の世界に参加してもらわないと、会計という枠組みが崩れてしまうという危機感があります。その解決の入り口が「教養」です。私は教養とは「生きていく上での生き抜く知恵」だと考えます。生き抜く知恵として会計がどう役に立つかというのをまとめていくことに取り組んでいます。

高校時代はバンド活動をしておりドラムを担当していました。当時は勉強もさほどせず成績は悪かったです。福島の大学に進学しバンドは自然消滅。やることがなくなって勉強でもしてみようかと思いました。

経済学部だったのですが、ゼミが3時間続く時間割を見て、退屈しないゼミを選ぼうと思いました。見学してみると、学生同士の議論が白熱していたのが会計のゼミでした。私は簿記の授業を取ったことがなく内容はわかりませんでしたが、面白そうだと思ったことが会計学の世界に入ったきっかけでした。

そのようなきっかけでしたが会計との付き合いは長く続きました。理由の一つは指導の先生が取り上げた文献が自分にあっていたこと。会計学は学問でありながら、お金を使った技術的な側面が多いです。そのため一般的には技術面を重視するゼミが多いのですが、私のゼミでは理論的な本をいきなり学生に読ませるので、それがとても面白かった。

簿記のバックグラウンドがない私は書いてあることの背景がよく分からないながらも、自分なりに考えをまとめて報告する。そして先輩から意見をもらって、納得したり反論してみたりの議論が楽しかった。指導教諭から大学院に誘われ、このままもう少し勉強してみようと思いました。会計士や税理士といったキャリアは考えませんでした。当時から考えるのは好きでしたが数字を合わせることは苦手だったからです。

大学院では四苦八苦しながら修士論文をまとめ、一度コンピューターシステムの開発会社に就職しましたが、その後石巻専修大学にいた大学時代の指導教員に助手として誘っていただき、1993年に石巻に来ました。

復興を目指す石巻の経営者からの影響

2011年の東日本大震災の後、石巻では町全体で復旧、復興が議論されていました。私も会計学でどう貢献できるだろうかと考えていました。そのときに一番印象に残ったのが復興について熱く語る石巻の、とりわけ中小企業の地元経営者の姿です。大学でもそういう人を招いて授業をしたのですが、この熱量は一体何だろうと考えました。

会計学ではマンパワーの部分は直接記録に残りませんが、一方でものすごい熱量をもった経営者は、会計上の数字に表れない行動をして結果的に会社の業績を上げている。これをどうにか会計数値化できないかと考えました。

そこからお金に縛られない会計記録とは何かを考えていくうちに、会計学は商業科目として一部の生徒が学ぶだけで済まないのではないかと思い至りました。

お金に関しては地球に住んでいるほぼすべての人に関わります。でもそれを記録の対象としている会計となると多くの人に尻込みされてしまいます。会計簿記は専門科目なので専門外の人は知らなくていいという発想になりがちですが、私はそれが腑に落ちない。会計を「全ての人が学ぶべきこと」にしたいという思いがあり、「教養としての」という枕詞をつけて研究しています。

今は情報マネジメント学科の学生に向けた「会計学入門」という授業も担当しています。この学科は情報に関心のある学生が多いので、税理士や会計士を目指す学生をあまり想定していません。会計学に関心の高くない学生に向けてどう教養につながる授業を展開するかを考えています。理屈だけでなく、ある会社の財務諸表を使って、実際に手を動かす授業をするよう工夫しています。

会計において貨幣が持つ意味とは

今後も今までやってきた研究を突き詰めていきます。教養としての会計学を考えたとき、一番ポイントになるのは貨幣です。よく新聞などに「〇〇株式会社で過去最高益を出した」という記事が出ますよね。最高益と聞くと過去一番いいという意味のように感じます。では、最高益を出すということはその会社で過去最高の経営者なのかと考えると実際はそうとは限らない。

168センチメートルの人間と180センチメートルの人間を並べれば、明らかに180センチの人間が大きいと分かる。それはセンチメートルという尺度が一定だからです。会計は貨幣が尺度になっていますが、果たして貨幣がセンチメートルと同質の一定の尺度になっているのかは疑問です。私は会計において貨幣とはどのような意味を持つのかということをずっと突き詰めています。まだ答えは出てませんが、その答えがあれば、会計という教養とは何なのかの答えが見出せると思います。

答えがないことを探究してみよう

探究とは、最初から答えがあってそこにたどり着く道を探すのではなく、そもそも答えがあるかもわからないものです。

実験である程度証明される自然科学とは違い、社会科学は最後まで可能性が無限大。でも論文の枚数にも限りがあるので、どこかで結論を出さなくてはならないとなったとき、「今回はここまで」と線を引くあきらめも必要です。探究はそれを知る機会かなと思います。

テーマ設定に関しては、まず「答えがない」ということを前提に考えてみてください。テーマの内容はやはり、自分が何に関心をもっているのかを突き詰めることでしょう。好きではないことをテーマにするとどうしても表面的なことをさらっておしまいになってしまいます。文献の著者は自分なりの答えを本の中で展開していますから、それを拾ってまとめてもそれは著者や世間の答えであって自分の答えではありません。答えが簡単に出てしまうなら探究としては成功していません。

自分が好きならテーマは何でもいいです。手芸が好きならそれもいいし、料理なんて探究にうってつけだと思います。私が高校生の頃なら「ブリティッシュロックの系譜」をテーマにしますかね。ロックを突き詰めるうちに興味が楽器に行くこともあるかもしれないし、民衆、大衆、集団心理なんかに興味が移るかもしれない。どこに着地するか分からない、寄り道するからこそ探究学習だと思います。

高校生の可能性は無限大。私はもう選択肢が狭まっており、これから何だってできる高校生をうらやましく思います。

おすすめの本

高校生へのおすすめの本としては、下記の2冊です。どちらもものの見方を変えてくれる本になります。

ジェイソン・ウィルクス「1から学ぶ大人の数学教室」(早川書房)

天文物理学者BossB「宇宙思考」(かんき出版)

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

石巻専修大学の学びを知る

①地域連携プロジェクトに取り組む石巻専修大学生の声

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次