健康と社会のつながりとは

みなさんの「健康」とは何によって決まるのでしょうか。医師であり、公衆衛生学の研究者でもある一般社団法人みんなの健康らぼの坪谷透さんは、「健康」とみなさんが暮らす「社会」には深いつながりがあるといいます。そのつながりを考える考え方についてお話を伺ってみました。

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健康は何によって決まるのか

そもそも健康とは、何によって決まるのでしょうか?

例えば心臓の病気の原因は、遺伝子と血圧と血糖値と喫煙でほぼ決まるのでしょうか。

当然、これらは健康を決定する重要な原因ではありますが、他にも考えるべきことがあります。例えば、たばこを吸うかどうかは本人の考えだけではなく、家族や職場や友人にたばこを吸う人がいるかどうかも重要でしょう。

このように、個人の健康と言ってもその個人の考えや遺伝だけによって決まるわけではなく、その個人を取り巻く社会経済的な環境にも大きく影響されます。これを「健康の社会的決定要因」と呼びます。英語では「Social Determinants of Health」というので、頭文字をとって「SDH」と言われたりもします。

日本の厚生労働省の調査でも、所得が高い世帯の人は所得が低い世帯の人に比べて健康によい生活習慣をしているということが明らかになっています。

例えば、1日あたりの野菜の摂取量。所得が高い世帯の人は、所得が低い世帯の人よりも

平均するとたくさん野菜を食べています。

次に1日あたり歩く歩数。これも所得が高い人の方が1日に歩いている歩数が多い傾向にあり、体を動かす習慣があることがわかります。

次に健康診断の受診について。これも低所得の世帯の人の方が、高所得の人よりも受診しないという傾向があります。こちらのグラフは、健康診断を「受診しなかった」人の割合です。

例えば低所得の方は、健康診断で何か異常が見つかり、医療を受診したらいくらお金とられるかわからないという心配・不安から、耐えがたい症状が出るまでは受診しない、という状況と言われています。また、非正規雇用の方は、なかなか健康診断を受けるための休みを取ることがしにくいことも指摘されています。他にも不景気、厳しい職場環境、教育環境などが「健康の社会的決定要因」と言えます。

◆出典

厚生労働省 平成30年「国民健康・栄養調査報告」

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000688863.pdf

※グラフは上記報告よりGATEWAY編集部作成

「社会的処方」とは何か

 健康を改善する1つの手段、考え方として、「社会的処方」という考え方があります。みなさんは「処方」と聞いてどんなことを思い浮かべますか。「薬を処方する」のような場面で使われますね。

 つまり、「社会的処方」とは、社会とのつながりを「処方」することで健康の改善を目指すという考え方です。

 海外の医療について取り上げた記事では、

「スコットランドの医師は自然を処方する」

「モントリオールの医師は美術館訪問を処方する」そんな言葉が取り上げられています。

「自然」や「美術館」を処方する?と言われて「あれ?」と思う方もいらっしゃると思いますが、このように「社会的なつながり」を処方するという考えがあるのです。

 「人とのつながり」は本当に健康に寄与するのか。実際に、社会とつながっていないことは、死亡のリスクを高めることが報告されています。下記に英語論文の出典を載せていますが、社会的なつながりがないことは、喫煙や肥満や運動不足よりも死亡リスクを高めるという研究もあります。実は「社会的なつながりがない」ということが健康にとっては大きなリスクなのです。海外では、社会的なつながりを作ることが、救急外来などの医療費の減少につながるという効果も報告されています。

Holt-Lunstad J, Smith TB, Layton JB (2010) Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review. PLOS Medicine 7(7): e1000316. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316
https://journals.plos.org/plosmedicine/article?id=10.1371/journal.pmed.1000316

グラフは上記論文を参考にGATEWAY編集部作成

 社会的処方は、何を処方してもいい。例えばボランティア、グループ活動、クラブ活動、チームスポーツ、運動、要するに、その患者さんが好きなことをやりましょうということです。こういった活動を通して、患者さんが社会に参加することを後押しします。

 例えば医療の現場でも、患者さんに何か好きなスポーツありますか?最近されていますか?と問いかけてみたり、お住まいの地域でスポーツクラブありますか?と問いかけてみたりして、地域のスポーツクラブに参加をするように背中を押すこともできます。「社会的処方」を国全体で推進しているイギリスでは、医師がスポーツクラブまで電話をするという場合もあるようです。

 高齢者であれば、地域の集まりはたくさんありますし、デイサービスに行ってみたらどうですか?とすすめてみることもできます。デイサービスであれば施設を利用されている方や施設の職員さんなどいろいろな人のつながりを作ることができます。例えば医師が保健師さんや福祉・介護分野のケアマネージャーと連携すれば、より「人のつながり」を作る手助けをしていくことができます。

 「社会的処方」を行える仕事はたくさんあります。例えば医師は、ただ薬を処方するのではなくて、人間関係を作るということを後押しすることもできるのです。他にも、看護師、ソーシャルワーカー、社会福祉協議会の職員さん、地域で活動されている方などもそうです。「社会的処方」はまだ新しい考え方で制度化もされていないので、皆さんも関われる機会があると思います。

 高校生でも社会とつながることができる活動があります。例えば、「子ども食堂」もそうです。このような社会的な活動は、運営する側の人手が足りず高校生のボランティアを募集している場合もあります。そういうところに参加してみると、社会の現実がわかる貴重な経験が得られると思います。

おすすめの本
イチロー・カワチ「命の格差は止められるか」(小学館)
近藤克則「健康格差社会を生き抜く」(朝日新聞出版)
片瀬一男 、神林博史 、坪谷 透「健康格差の社会学」(ミネルヴァ書房)

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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