建設業向けの屋外用ロボットの開発を通じ、建設現場の重労働の軽減という課題解決に挑んできた岩手県立大学ソフトウェア情報学研究科の田尻隼人さん。MiTOHOKU Program期間中、メンターとのメンタリングを通じて、自分は何のためにロボットを作っているのかを言語化することが出来たと語ります。MiTOHOKU Programを通じてどんな気づきがあったのか、お話を伺いました。
開発費を生かしロボットを進化
高校時代からロボット開発に情熱を注いできた田尻さんは、大学入学後、「子ども向けロボット教室」を立ち上げ、次第にその活動を広げていきました。大学2年生のときにはNPO法人「IRCプロジェクト」を設立し、プログラミングや3D-CADを小・中・高校生に教える教育活動に励みました。これらの活動を学生によるSDGs推進活動を表彰するアワードで発表しグランプリを受賞。この受賞で得た賞金を資金に、大学3年生のときに「滝沢ロボティクス合同会社」を設立し、ロボット開発に本格的に取り組んできました。
田尻さんは、MiTOHOKU Programの開発費を使い、新しいセンサーを購入したり、チャットGPTのようなAIツール「VLM」を活用したりするなど、ロボットを進化させていきました。MiTOHOKU Programのおかげで開発の幅を広げることが出来たと話します。
ロボット技術の発展と実証を目指した競技イベント「つくばチャレンジ」にも参加し、公道でロボットを走らせる実証にも挑戦しました。このイベントでは、道路や歩道の見分けや障害物を避ける精度を高めることが求められる中、完走を達成することができました。田尻さんは「参加した約80チームの中で完走できたのは14チームだったので、この成果は大きな自信となった」と語ります。
サービス開発についても、メンターの淡路義和さんから様々なアドバイスをいただきながらプロダクトの営業資料を作りました。淡路さんからは、「開発だけではなく納品後の保守もサービスメニューに入れてみてはどうか。ファンに課金して応援してもらっているのと同じようなものだよ」という助言を受けました。それまで「保守」ということはあまり頭になかった田尻さんは「保守契約を結ぶことで、ただ料金を取るのではなく、顧客との信頼関係を築き、より責任を持ってサポートできる」と気づくことが出来たと語ります。
そして田尻さんはMiTOHOKU Program期間、展示会への出展も積極的に行い、幕張メッセで開催された「CEATEC」という展示会に出展しました。さらに、地元のテレビ局の番組にも取り上げられました。その影響もあり、建設業界やインフラメンテナンス業界などからも仕事の依頼が増え、ロボット技術の実用化に向けた新たな可能性を感じていると話します。特に、自律走行システムや遠隔操作技術に対する関心が高まっており、企業からのニーズも増えてきているとのことです。
言語化できた自分のビジョン
そんな田尻さんがMiTOHOKU Programを通して得られた最大の価値は、「自身の価値観やビジョンを言語化すること」でした。もともと既存の技術を積み重ねたり組み合わせたりすることが多く、まったく新しい視点を得たいとMiTOHOKU Programに応募した田尻さん。何かしらの突破口を求めて、MiTOHOKU Programに応募していました。
MiTOHOKU Programの淡路さんとのメンタリングでは、「ライフラインチャート」という、これまでの人生を棚卸しし、当時の出来事や感情をマッピングする機会がありました。
これまでの人生を棚卸しする中で田尻さんが気づいたのは、「ロボットを作っているときは楽しいが、納期に追われると楽しくない」ということ。そして仕事に追われ、楽しくなさそうに働いている同級生の顔も思い浮かびました。田尻さんは「楽しく自由に仕事できる世界を作りたい。ロボットを使えば、人間が単純作業をしなくてよい未来が作れる」と思いました。
田尻さんはそれを「世界征服」と定義しました。
さらに、MiTOHOKU Programのクリエータ向けに仙台で開催されたプレゼンテーション研修にも岩手から参加。それまでプレゼンテーションはあまり得意ではなかったそうですが、この研修を通し、どう伝えたら一番伝わるのか、どういうストーリーなら最もわかりやすく伝わるかという答えが見つかったそうです。
そして迎えたMiTOHOKU Programの最終発表会。当日朝、大雪が降る中でロボットを岩手から仙台まで運び、壇上でロボットを動かしました。
「楽しいことだけやっていける世界を作りたい、やりたくない仕事はやらなくていい。ロボットによって時間を生み出し、多くの人が新しいチャレンジに踏み出せる世界を作りたい」と語った田尻さん。見事、ベストオーディエンス賞を受賞しました。
ロボットの力でより良い社会に
MiTOHOKU Programでメンターとの対話を重ね、「なぜロボットを作りたいのか、何のために作るのか」を深く考えた田尻さん。引き続き大学のある岩手県を拠点に開発を進めていきたいと考えています。広大な土地のある岩手県や平地が多くロボットを動かしやすい岩手県立大学の環境はロボット開発に適していると考えています。
田尻さんは「工事現場での重い荷物運搬や狭い場所での作業というのはまさに単純作業。だからこそ建設・インフラメンテナンスの領域でのロボット開発から始めている」と話します。
さらに「AIの良さは認識しているが、AIにはまだ体がない。体の部分を担うのがロボット。AIとロボット技術が組み合わさることで、『ドラえもん』みたいなロボットが誕生する。3年以内にはそんな技術を普通に使えるのではないか」と話します。AIによる高度な判断力とロボットの機能が融合すれば、農業など他の分野にも応用が可能になり、最終的には完全自動化された社会が実現する未来を描いています。
田尻さんは「技術革新によって、社会はもっと良くなるんだよというところを見せていきたい。その結果、楽しいことだけやっていける世界を作っていきたい」と未来への希望を語りました。
MiTOHOKU Programとは
「MiTOHOKU Program」とは、東北にゆかりのある未踏的若手人材を発掘・育成するプログラムです。「起業家・専門家集団による伴走支援」により、若手人材の「前人未踏」のアイデア実現を支援します。