畜産の課題を解決 宮城のベンチャー企業の挑戦

美味しい牛肉や、いつも飲んでいる牛乳。牛乳からつくられるチーズやバター、アイスクリームやジェラート。私たちの食にとって「牛」はとても身近な存在です。その「牛」を調べてみると、気づかなかった食べ物の裏側や課題解決を行う人たちの姿が見えてきました。

目次

乳牛と肉牛

まず、「牛」についてインターネットで基本情報を調べてみました。すると牛には「乳牛」と「肉牛」がいることがわかりました。

「乳牛」は主に牛乳をとるために育てられている牛で、白黒のまだら模様の「ホルスタイン種」などが有名です。

「肉牛」は主に肉をとるために育てられていて、「黒毛和牛」などがあり、「仙台牛」や「前沢牛」など各地でブランド牛が育てられています。

「牛」を巡る課題

そして、調べていくと、乳牛・肉牛の生産の課題が見えてきました。まずは乳牛・肉牛ともに、生産する農家さんの数が減っていることです。乳牛・肉牛を生産することを「畜産」といいます。

下記が、国の「畜産統計調査」のデータから調べた、肉用牛・乳用牛それぞれの飼育戸数(農家さんの数)です。肉用牛を飼育している戸数はこの25年で17万戸から約4.4万戸に、乳用牛を飼育している戸数は約4.4万戸から1.4万戸になっており、近年多くの農家さんが離農している現状がわかりました。

農家さんの高齢化や後継者不足、労働力を使う一方で収益性が低いことが課題になっていることがわかりました。国内の牛肉を海外に輸出する量は増加傾向にあるのですが、それを支える生産現場の維持が大変そうです。

乳牛については、2021年の年末に、「牛乳が大量に廃棄されるかも」というニュースが大きく報じられたのを覚えている方も多いと思います。新型コロナウイルスの影響で、飲食店で使われる業務用バターの需要が減り、学校給食がなくなる冬休みに、牛乳が余ってしまう恐れがありました。牛乳は「生もの」であるため、生産量の調整が難しいこともわかりました。

畜産の課題を解決するベンチャー企業

この畜産の課題に立ち向かっているベンチャー企業が宮城県仙台市にあります。宮城県仙台市にある「株式会社ノースブル」。JR仙山線の愛子駅から車で10分ほどの場所に「菅原牧場」があります。このノースブルの代表の菅原紀さんにお話を伺いました。

ノースブルは、「牛の受精卵移植」という領域で事業をされています。そもそも肉牛・乳牛の赤ちゃんは自然妊娠ではなく、人工授精や体外受精によって生まれています。

ノースブルが取り組んでいる「牛の受精卵移植」は、肉牛から採卵した卵子と精子から受精卵を作り、乳牛に移植します。すると、なんと乳牛から肉牛の子が生まれてくるのです。

(画像提供:株式会社ノースブル)

こうすることで、乳牛から、価格が高い黒毛和牛を生み出すことができるそうです。乳牛を育てる農家さんにとっては大きなメリットがあります。まず和牛を産ませることで、和牛の子牛を高く売って、収入を得ることができます。乳牛は牛の母乳のため、子牛を産まないと出てきません。当たり前の話ですが、何らかの子牛を母牛に出産させない限り、牛乳は出てこないのです。肉牛の子を産んだ母牛からも、牛乳が出ます。そのため、牛乳を安定的に生産できるというメリットがあります。


肉牛を育てる農家さんにとっても今飼育している親牛の頭数を増やさずに子牛を得ることができます。親牛の頭数を増やしてしまうとその分えさ代などがかかってしまうので、その分のコストを下げることができます。

菅原さんによると、飼育頭数を増やさないため、環境にも優しい方法であるものの、受精卵移植を経て生まれてくる子牛は全体の10%以下と普及率が低いのが現状だそうです。

菅原さんは宮城県涌谷町の乳牛農家の長男。農業高校を卒業後、北海道の大学に進学しました。そこで乳牛や肉牛の生産について学びました。畜産は大変な重労働の業界です。えさやりや牛舎の清掃、牛の世話など1年365日、早朝から夜まで働く厳しい環境です。それなのに、なかなか利益を上げられていないという現状を知りました。「これを一生続けるのは難しい」と感じ、父親に「実家の畜産を継ぐのは厳しい」と打ち明けました。

菅原さんは、畜産農家が利益を上げられていないという課題を何とか解決したいと考えていました。そこで、目を付けたのが、大学で学んでいた、受精卵移植の技術でした。そこで、地元の宮城に戻って受精卵移植を行う会社を起業しました。そして、大学の後輩たちが獣医師、培養士、移植師として会社に加わりました。菅原さんの実家の畜産は、弟さんが継ぐことになりました。

菅原さんは、高校時代に1か月滞在したアメリカの牧場のことが忘れられないといいます。アメリカでは、牧場で働く方がみんな楽しそうに働いていた。アメリカの大統領が引退後に牧場を所有するくらい、牧場を持っている人の社会的地位が高いそうです。

菅原さんは近年和牛の海外輸出が伸びていることに着目しており、「日本は世界一の畜産輸出国になれる」と期待しています。牛が妊娠するかしないかの結果がわかりやすいので、農家さんの喜ぶ顔を見ることができるのがやりがいにつながるそう。農家さんの雇用環境を改善し、農家さんが収益を出せる仕組みを作りたいと話します。

後編では、菅原さんと一緒に働いている獣医師や培養士の方にお話を聞き、この「受精卵移植」を支えるチームワークについてお届けします。

探究を振り返って

自分に身近な「牛」であっても、「乳牛」と「肉牛」があることや、畜産が抱える課題について知ることができた。また、乳牛から肉牛を産ませるという技術については知るのが初めてで、とても興味がわいた。私たちも普段食べているものの裏側にどんな技術があるのか知りたいと思った。

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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