障がいを乗り越え、現代アート作家として生きる

岩手県盛岡市を拠点に「現代アート作家」として活動する松嶺貴幸さん。高校生の時のスキー事故の影響で、肩から下が動かない体になりました。その中でも、単身アメリカに渡り、WEBデザイナーを経て、現在は現代アートの作品を積極的に制作しています。自分の人生を力強く生きる松嶺さん。なぜ、アートに取り組んでいるか、その思いを伺いました。

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アメリカへ行って

岩手県雫石町の出身です。4歳の時からスキーに取り組んでいて、11歳からはフリースタイルスキーをはじめ、世界的なスキーヤーになることを目指しました。しかし高校1年生だった16歳の冬、転倒事故により頚髄を損傷し、肩から下が動かない体になりました。リハビリを経て、電動車いすで出歩けるようになりました。

「自立して尊厳を取り戻したい。そのために就職しよう」と思って仕事を探しに行きました。しかし、障がいがあるという理由で受け付けてもらえなかったのです。それがとても悔しくて、「でっかい経験をしよう。でっかい経験をするならアメリカに行こう」と思い立ちました。21歳の時でした。

当時私もハリウッド映画などの影響で、アメリカへの憧れがありました。「アメリカに行こう」と思ったものの、当時の私は「I ,my ,me」の違いすらもわかりません。そこから、独学で英語を勉強しました。2年間、毎日45分間のリスニングを練習し、日本でアメリカ人の友人を作って英会話の練習をし、英検の2級を独学で取得して、奨学金を頂き、23歳の時に1人、アメリカに渡りました。

アメリカでは1人でアパートを借り、介護してくれるヘルパーの方を探して、カレッジ(日本でいう短大)の国際ビジネス学科に通いました。アメリカに行って感じたのは、アメリカは「挑戦者を支援する」国だということ。例えば、レストランでご飯食べていても、「これで飯食えよ」といってお金をくれる。それから、アーティストのライブに行っても、私は車いすに乗っているのでステージがよく見えないのですが、アメリカ人の友人が私を持ち上げてくれました。それも汗だくになって。どんな形でも、最後には助けてくれる国だという印象を持ちました。1年間、最高の経験ができました。

思いっきり自己表現をしてみたい

 帰国後には、本格的にデザインの仕事に取り組みました。デザインを始めたのは、アメリカに渡る前、19歳の時です。病院で作業療法士の方から「パソコンをやってみたらどうか」とすすめてもらいました。事故の影響で手はうまく動かないものの、頭を動かすことができるので、口にペンを加えてパソコンを操作することができました。そこから、コンピューターのデザインソフトの使い方を独学で学びました。

なにかものを作るのは子供のころから好きでした。祖父が民芸品の職人で、木のつるを使った民芸やわら細工をつくっており、その影響を受けていたのだと思います。小学校の時にも、アニメのキャラクターの絵を書いて、友達に渡すのが好きでした。

 デザインの仕事は、WEBでデザインできるあらゆる仕事をしました。起業のロゴデザインやチラシ・フライヤーのデザイン、WEBサイトのデザイン、アーティストのライブのグッズのデザインもしました。

その様子について、ニュースで取り上げていただくこともあったのですが、「障がいがあるけど頑張っている」という取り上げられ方で、少し違和感を持っていました。そこで、「ありたい自分」との差異があるのではないかということに気づきました。

 また、そのころ知り合った。株式会社雨風太陽の代表取締役、高橋博之さんの影響も大きかったです。「誰の目も気にせず、世の中で大切だと思うことを信じて、表現している高橋さんの姿からは多くのことを学びました。

高橋さんのインタビューはこちら
http://gateway.guide/article/food/1010a-2/

「ありたい自分」とは何か。高橋さんとの出会いもあり、誰かにお願いされた仕事をするよりも、「思いっきり自己表現」をしてみたいと考えるようになりました。障がいを持つ私がチャレンジする姿を発信していく方が、世の中にとってよい影響をもたらすのではないかと考えました。思いっきり表現活動がしたい」と考えて、デザイナーから「アーティスト」として活動することにしました。究極の自己表現とは何か?難しいことって何か?と考えたのが、現代アートでした。

私にとっての「現代アート」は、高校生の時まで取り組んでいたフリースタイルに代わるものです。スキーも、現代アートも、「パフォーマンス」していること。人を喜ばせ、自分に言い訳ができない、そんな世界なのだと思います。

例えばこの抽象画は、「超新星爆発」をテーマにしています。超新星爆発の、新しく生まれるために死ぬ、という感じが好きなのです。爆発して、その後ちりが集まって、新しい星が誕生する。このサイクルがとても好きで、そこからヒントを得て、「爆発」を表現するために思いついたのが、子どものころに遊んでいた爆竹でした。

爆竹で絵の具を何百発、何千発と破裂させて、作品を作っていくのですが、絵の具の量や爆竹を指す角度で、絵の具の飛び散り方は1つひとつ全く違います。60センチ四方のキャンパスに何千発も破裂させていくと、最初に破裂したものは見えませんが、絵の具の厚みや絵全体から、感じることはできるのです。

もっと自由に

 アートの世界は、障がいのあるなしは関係がありません。才能や実力で評価される、完全に実力主義の世界です。その中で、スイスの「アートバーゼル」という作品展に作品を出品することが目標です。そこに出品するということは、現代アートから国際的に評価を得ていることになるからです。実際に私も「アートバーゼル」を見に行きました。そこで国際的に評価を得ることができれば、岩手県内や日本の方々が見てくれる。そこを通過点としてやっていきたいと考えています。

アートで飯を食べていくためには、アートで収入を得るために事業にしていく必要があります。例えばビジネスのルールを知ることも大切だと考えています。「NFT」と言われるデジタル認証技術を使ったデジタルアートにも取り組んでいます。

みなさんも、これは役に立つのか?表現していいのか?やっていいのか?と思うこともあると思います。日本ではみんなと同じであることが価値であると思われることもある、そうなった時に、せっかく思考を深めたのに均質なところに戻ってしまうこともあると思います。

やる・やらないの決断とか表現は、もっと自由にどんどんやっていいと思います。私も、それを壊してくれた大人が自分の周りにいました。自分もそういう人になれたらいいなと思いますし、アート作品を通じて、「個の表現はあっていいよね」ということを伝えていきたいと考えています。

おすすめの本
末永幸歩「自分だけの答えが見つかる 13歳からのアート思考」(ダイヤモンド社)

社会課題を解決していくために注目されている「アート思考」。その考え方をわかりやすく解説した1冊です。ぜひ多くの高校生に「アート思考」を知ってもらいたいと考えています。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

写真提供=松嶺さん


松嶺貴幸 制作実績

アートフェア東京2023出展
アートフェアドバイ2022出展
Wings for Life World Run / Red Bull ビブスデザイン世界一位
e-Sports Crazuy Racoon Cup オフィシャルトロフィー制作アートディレクター

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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