「絵」を通して「社会」を問う画家

宮城県を拠点に活動する画家の今野裕結(ひろむ)さん。高校時代までは社会の先生を目指していたものの、とある出来事が今野さんを美術の道へと導きました。スマートフォンをはじめ様々な技術を活用し、常識にとらわれない作品を発表する今野さんの思いに迫りました。

目次

「本当にやりたいこと」に気づく

もともと中学生の頃から教師になりたいと考えていました。歴史が好きで、社会科の先生になろうと考えていました。勉強よりも体を動かしたりすることが好きで、小学校、中学校の時は週に6日間も野球をしていましたし、高校も3年間ハンドボール部で活動していました。美術部で絵を描いていたわけではありませんでした。

転機になったのが、大学受験です。実は大学受験に一度失敗して浪人し、浪人した時のセンター試験(現在の大学入学共通テスト)でも失敗してしまいました。社会科の先生になりたかったのですが、社会の先生になるためにはどの課程でもよいので宮城教育大学に入学し、入学後に副免許として社会の教員免許を取得するしかありませんでした。考えた末、宮城教育大学の美術専攻を受験することにしました。試験に美術作品の制作があったので、1か月半だけ仙台美術予備校に通うことにしました。それまでは全く美術の基礎基本を習っていなかったので、試験までのわずかな期間で一気に仕上げないといけません。そこで1日14時間くらい絵や作品の制作に取り組んでみたのですが、14時間も制作していても、全く苦にならなかったのです。それを継続した結果、大学に合格することができました。

そして入学直後に受けた授業のこと。大学の先生であり画家としても活躍している安彦文平先生がご自身の絵画を授業内で見せてくれました。安彦先生の画力と表現力に圧倒されて「この人みたいになりたい」と直感で思い、そこから美術の道にのめり込んでいきました。高校までは美術に何の縁もなかったと思いきや、思い返してみれば幼稚園の時から絵を描くのが好きで昆虫を観察したり、恐竜図鑑の模写をしたりしていました。小学校の時も自分でカードゲームを描いたり、マンガを描いたりと、そもそも絵というものには興味がありました。

振り返ってみれば、挫折だと思っていた2度の受験試験が、自分の「本当にやりたいこと」に気づかせてくれたのかもしれません。私にとっては試験の失敗が転機になったのですが、どんな出来事も将来役立つ、と信じられるかが大切なのかもしれません。

絵で表現する

私は「ネクサス絵画」というオリジナルの絵画に取り組んでいます。なかでも色反転画は色鉛筆を使って、あえて色を反転させて(補色で)描いています。白の反対色は、黒。紫の反対色は緑のように、わざと反対の色で描いています。そして、スマートフォンをかざすと、本来の色になって見えるという絵画。絵画を見る人が自分で絵を完成させるという体験を大切にしており、絵を見る人との繋がり(ネクサス)がないと絵が完成しないということから「ネクサス絵画」と呼んでいます。

『笑みの源泉』
ネクサス絵画(色反転・発光画)
制作年 2021年
サイズ 27.3×22.0cm
支持体 キャンバスにKMKケント紙
画 材 色鉛筆、アクリル絵具、ルミナイトインク
個人蔵

上が反転させて書いたアケビの絵。そして下がスマートフォンをかざした時に見える姿なのですが、本来の色が浮かび上がります。

このきっかけになったのが、日本人デザイナー森永邦彦さんが手掛けるファッションブランド「ANREALAGE」のパリコレクション(ファッションショー)をインターネットの動画で見たことです。「REFLECT」をコンセプトに、2015年9月に発表された洋服は、フラッシュ撮影をすると、柄が浮き上がるという洋服でした。驚いたことに、観客はみなスマートフォン越しに洋服を見ていました。洋服が目の前にあるのに、スマートフォンをかざして見ている。その様子や空間が自分には印象的で、面白く感じました。

そして私は「これを絵でできないか?」と思ったのです。スマホで見た人が、自分で絵を完成させるというアイデアのはじまりです。実はこれは絵を鑑賞する時の常識との戦いの始まりになります。接近禁止、撮影禁止、静寂な空間…。絵を鑑賞する時にはそういうルールやマナーのようなものがあるからです。2017年に最初に地元の宮城でネクサス絵画を発表した時は、「新しい表現」と評価をする人、批判する人、意見が真っ二つに分かれました。

そこで今度は東京に乗り込みました。自作の作品集(作品ポートフォリオ)と名刺を持って東京の銀座の画廊や、展覧会(アートフェア)を巡りました。すると美大生でもない大学生にも関わらず、作品を評価してくださり、東京で展覧会をしないか?というお誘いを頂いたのです。また、東京で個展をすると台湾から個展を見に来てくれたキュレーター(※各国を巡って勢いのある作家を紹介する職業)から評価いただくことができ、それもあってか台湾開催の国際アートフェアに出展することができました。この出来事は「将来は作家になろう」と決意した出来事でした。

ただ、中学生の時から「教員になること」は一つの夢だったということと、自分の活動と次世代への教育はセットでするべきだと考えていたので、教員を目指して勉強し、宮城県の教員採用試験に合格することができました。中学、高校の美術、それから中学、高校の社会の免許を持っていましたが、配属されたのは特別支援学校でした。ここでも一生懸命、障がいを持つ子どもたちへの教育に携わりました。

教師をしながらも絵の制作や展覧会への出展は続けていて、2023年と2024年に大きな展覧会の依頼を頂いたことや20代のうちに表現の可能性を信じて、勝負に出たいという思いや、さらに作品を追及して成長し、色々な人とつながりたいと考え、思い切って、教師を辞めて画家として独立することを選びました。それが2022年のことです。

絵を通して「社会」を考える作品を作る

もともと社会科の先生になりたかったほど、社会には興味があったので、自然と社会問題に対する疑問についてもアートで表現をしていきたいと考えるようになりました。例えば2021から発表しているネクサス絵画(発光画)もそうです。夜や暗いところで絵が光る作品を描いているのですが、きっかけになった社会問題が新型コロナウイルスの世界的なパンデミックです。これまで明日が来ることが当たり前だったはずの日常が大きく変わってしまい、不安な世界になってしまいました。そのため、作品が放つ光には「希望」をコンセプトにしています。一日の終わりである夜に発光する(始まる)作品を描くことで、見た人の「明日への活力」となれば嬉しいなと思っています。

また、これは「四面蘇華」という作品です。宮城県の県花である「宮城野萩(ミヤギノハギ)」と仙台市の市花である仙台萩(センダイハギ)」が共存して新しい花が誕生した様子を描きました。画廊の25周年記念として制作した作品です。画面は4分割されているのですが、これは物事には表裏があり、多角的な側面から互いを認め、手を取りあい、協力していくことを現しています。上が通常時、下が色反転時の作品です。

『四面蘇華』
ネクサス絵画(色反転・発光画)
制作年 2022年
サイズ 22.7×16.8cm
支持体 キャンバスにKMKケント紙
画 材 色鉛筆、アクリル絵具、ルミナイトインク
個人蔵

この絵は近年の世界情勢の影響も受けて描きました。ウクライナでの戦争をはじめ、世界各地で争いや紛争が絶えません、

絵に使われている白、緑、青、黄といった色はウクライナ、ロシア、ミャンマー、アフリカのコンゴ民主共和国など紛争が起きている国々の国旗に使われている色から取りました。それぞれの国旗を構成する色に敬意を抱きながら、平和を願うという思いを込めて絵を描きました。

美術を身近に感じてほしい

みなさんには美術を身近に感じてほしいと考えています。美術の魅力は、正解がない科目だということだと思います。音楽は楽譜という基準がありますし、体育も例えば走るタイムは短い方がいいように数字という基準がある。美術・アートには明確なルールや価値観がありませんから、純粋に「アートを楽しむ」ということをどんどん普及させていきたいなと思っています。私の場合は自分で作品を完成させるという体験を大切にし、美術に詳しくない例えば子どもでも楽しむことができる作品でもあり、大人や美術に詳しい人が見ても奥深い作品を作っていきたいと考えています。

探究も「探」という字が使われていますが探すことはとても大切なことだと考えています。私の場合、ANREALAGEのパリコレクションで見た洋服や鑑賞風景を「これを絵でできないかな」と柔軟に考えたことが、「ネクサス絵画」につながりました。これまでの枠にとらわれず、自分でどういう分野と関わっていくかを探してみることは大事。そうすれば今後、今の自分が想像もしてなかったような人と知り合い、良い影響を受けることができると思います。今後は音楽やファッションなど分野を超えて様々なところと関わっていきたいと考えていますし、教員としての勤務経験を生かしつつ、次世代の教育へ関わっていきたいと考えています。

美術やアートは身近にもあります。例えば洋服を選ぶセンスや組み合わせなどはアート思考。得意不得意関係なく、気軽な気持ちで美術館や画廊にふらっと入って、楽しんでほしいなと考えています。

おすすめの本
奥村高明「エグゼクティブは美術館に集う」(光村図書出版)

ニューヨークの優秀なビジネスマンたちが、なぜ出勤前にアートを鑑賞しているかという事例から、鑑賞の大切さや鑑賞による脳の活性化について書かれた一冊。

何のために図工や美術をするか。自分の日常と自身の成長とどう関係してくるかが分かること。また、美術やアートに対する思い込みを和らげ、自分事として捉えることができるようになる本だからです。自分自身だけでなく、今後自分が親になった時にも生かせる視点を得られます。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

写真提供=今野さん

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この記事を書いた人

東京大学教育学部卒業後、全国紙の新聞記者として広島総局・姫路支局に勤務し事件事故、高校野球、教育、選挙など幅広い分野を取材。民間企業を経て、2021年に株式会社オーナーを起業し、本教材「探究百科GATEWAY」を開発し編集長を務める。

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