経営学の先生として、「起業家精神」を若い世代に伝えていく

「起業家精神」や「イノベーション」を自身の研究分野とし、iU情報経営イノベーション専門職大学で学生向けに起業家教育を行っている川上慎市郎先生。なぜ「経営学」の分野に進もうと思ったのか、そして今後はどのような研究を進めていくのか。「将来日本で起業がもっと当たり前になる社会をつくりたい」と志す川上先生のストーリーをぜひお読みください。

目次

ビジネス誌の記者から教員へ

私が経営学に興味を抱いたのは、大学生の時にたまたま手に取ったドラッカーの「未来企業」という本がきっかけです。この本を読み、私はドラッカーが生み出した「マネジメント」という考え方に感化されました。マネジメントとは、目標を達成するために経営資源を効率的に活用し、組織を最適な状態にしていくという考え方です。「マネジメント」は、企業だけでなく政府やNPO(非営利組織)など、どのような組織でも活用できる方法論です。私はマネジメントをより多くの人たちに知ってもらうことを自分自身の生涯の仕事にしようと思い立ち、大学を卒業後はビジネス誌の記者になりました。

記者になった私は、実際の企業がどのようなマネジメントをしているかを取材して、記事にする仕事をしました。しかし、読者アンケートを見ていると、当時のビジネス誌の読者の多くは、マネジメントにはあまり関心がなく、それよりも仕事で付き合いのある企業や業界の動向を知りたいだけだということがわかったのです。そこで、企業で働いている方々に雑誌を通じてではなく、直接語りかけないとマネジメントの考え方が広がらないと思い、ビジネス誌の記者を辞めて、社会人が経営について学ぶビジネススクールの先生になりました。

ビジネススクールに通う学生はどこかの企業に勤務している社会人、もしくは経営者がほとんどです。私はそこで「経営戦略」や「マーケティング」の講義を担当し、マネジメントをより分かりやすく伝えられるように励みました。受講者のほとんどが社会人のため、私が教えたことを熱心に学ぼうとする姿はとても嬉しかったですね。しかし講師を続けているうちに、(当時の)経営の教科書にはすでにある企業をよりうまく経営するための方法はたくさん説明されている一方、ゼロから事業をつくる方法についてはほとんど書かれていないことに気が付きました。でも、もっとも尊敬される経営者というのは新しい事業を興して成功した人ですし、米国ではIT(情報技術)を駆使した事業がどんどん生まれて成長しています。「ゼロからイチを創り出す」人材こそが今の日本に必要なのではないかと思ったのです。

ただ、そのビジネススクールにも、当時は「ゼロからイチを創り出す」マネジメントの方法を体系的に教えられる講師はほとんどいませんでした。そこで、私がその分野の第一人者になって、ビジネススクールの受講生よりももっと若い人たちに起業のしかたを伝えたいと思うようになりました。社会人は、仕事・家族など抱えているものが多く、気軽に起業に挑戦するのはなかなか難しいものです。しかし、学生は何にでも挑戦できる環境にいます。そんな中でiUに出会い、学生全員が「起業」するというコンセプトに魅力を感じて、iUの教員になりました。

「起業家精神」と「イノベーション」を研究

現在私が研究しているテーマは「起業家精神」と「イノベーション」です。といっても、実は私は自分のことを研究者だとは思っていません。経営の最先端のアイデアや方法論の発明や発見があったとすれば、それは実際にビジネスをしているビジネスパーソンの方々によるものです。自分でビジネスをしていない大学の先生が、新しいビジネスアイデアを思いついて実現するわけではありません。それでは、なぜ大学の先生は必要なのでしょうか。それは、ビジネスパーソンの方々が得た発明や発見を言語化・整理し、その知識を必要とする人々へ届ける「橋渡し」の役割を担うためです。現場の方が単純に話しただけでは伝わらないことを、整理してよりわかりやすく、より広く伝えていくのが私たちの使命なのです。ですから、私も実際のビジネスパーソンの方々とお話をし、現場を知る機会を大切にしています。

これを踏まえたうえで私のテーマである「起業家精神」と「イノベーション」についてお話ししましょう。「起業家精神」とは、自分で「ゼロからイチ」を創り出そうとする意識やそこから生まれる活動のことを指します。英語ではアントレプレナーシップ(entrepreneurship)と表されます。私が起業家精神に注目する理由は、起業を含めて「新しいこと」に挑戦する意識を世界各国と比較した際に、日本の若者が大幅に遅れをとっているためです。このままでは日本は世界各国にさらに差をつけられ、成長は見込めません。そこで、これからの未来を担う若者に、新しいことに挑戦する1つの手段として「起業」があることを伝え、起業する・しないに関わらず、今後の社会を生き抜いていくために必要なスキルを身に着けてもらいたいと思っています。

「イノベーション」は社会において新しい価値を生み出す変革を意味しますが、これも「起業家精神」同様に、若者にどんどんかつてない試みに挑んでいってほしいという願いがあります。「イノベーション」を起こすためには、社会の現状を細かく把握し、潜在的なニーズを発見することが必要です。ここで役に立つのが新しいアイデアを生み出すための「デザイン思考」という考え方で、①観察・共感②問題定義③アイデア出し④試作⑤テストという5段階のプロセスで成り立っています。このプロセスを学生にも身につけてもらいやすいように、身近な商品を例にしたワークショップなどの工夫をして学んでもらっています。

行動してみると答えが見つかる

今後は「AI(人工知能)が起業にどのような影響を及ぼすのか」について研究していきたいと思っています。今日ではよく耳にするようになったAIですが、「起業」という「ゼロからイチ」を生み出す行為にAIの存在がどう作用するのか。AIに関連する起業の事例を調べ始めているところです。

そして、今高校に通っている学生の皆さんへ。自分が何に興味があるのか、わからないという方も多いのではないでしょうか。そんな時は、身の回りの事象全てに疑問を持って見てみると良いと思います。「どうしてこのお店は繁盛しているのだろう」「なぜこの地域は人が少ないのだろう」…そうした疑問こそが、皆さんの探究テーマにつながってくるはずです。

また、これから探究活動や何らかの研究をする際に心がけてほしいのは、「自分の頭の中だけで考えていても答えが出ない時は、まずは行動してみる」ということです。どんな分野でも、全ては現場に答えがあります。頼れる有識者に聞いてみる、対象者と直接コミュニケーションを取ってみる、実際にその場所を訪れる…。悩んだらまずは行動!行動し続けていると、いつか必ず答えは見つかります。

◆おすすめの本

ティナ・シーリグ「新版 20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」

…この本は、米スタンフォード大学でアントレプレナーシップを教えている著者が、「自分の人生を自分で決める」「起業する」ということの人生における意味や価値について、身の回りの話や授業中の出来事などを例に語った講義録です。易しい言葉で語られていますが、デザイン思考やゲーム理論といった最先端の経営学の知恵が盛り込まれたエピソードが集められていて、これから起業を学んでみたいと思う人には最適の1冊です。

ピーター・ティール「ZERO to ONE」

…この本はシリコンバレーの多くのスタートアップの成功と失敗の事例を基に、数々の課題を克服してこれまで存在し得なかった新たな価値を「0→1」で生み出す具体的な手法が綴られています。実際の商品やサービスを例に描かれているのでイメージしやすく、「起業家精神」の習得にもつながるとても良い本ですが、経営学の用語も出てくるので少し難しいです。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)

写真提供=川上さん

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