地元の宮城県石巻市や仙台市のラジオ局で番組の司会進行を行う、ラジオパーソナリティとして活躍する阿部未来(みく)さん。高校時代から志したラジオの仕事につき、今も地元から発信を続けています。「声」だからこそ伝えられることを、阿部さんに聞きました。
宮城で仕事をする
宮城県石巻市の出身です。小さいころからラジオにはなじみがありました。「ラジオを聞きながらなら色々やっていいよ」という家でした。音楽番組や、地元・宮城のラジオ局が作った番組、自分の部屋で聞くラジオが好きでした。
地元のラジオ局の番組は、番組を進めるパーソナリティの方が、地元の言葉で「なまって」話しているのが面白かったです。高校時代、最初は大学進学を考えていたのですが、どうしても「ラジオパーソナリティ」がやりたいと思って、ラジオのことを学ぶため仙台の専門学校に行きました。専門学校では、声優を目指す学生と一緒に勉強し、ナレーションやアテレコなど、色々な表現の方法やラジオ番組の制作について学びました。
その後、オーディションを経てラジオパーソナリティになり、tbc東北放送やFM仙台、地元のラジオ石巻で生放送や録音番組を担当しています。高校時代の友人は、地元を離れて県外や東京に進学する人もいました。私は地元にいたかったので、「宮城を出る人もいるならいる人もいていいよね」と考え、それからずっと宮城で仕事をしています。
生活が楽しくなるきっかけに
音楽や生活情報、食にまつわる番組などを担当してきました。「少しでも生活が楽しくなるきっかけになるといいな」と思って発信を続けてきました。
ラジオ番組の楽しさは、ダイレクトに聞いているリスナーの方の反応が返ってくることです。例えば、生中継でお店を紹介している時に「ラジオを聴いてきました」とお客様がすぐに来店してくださったり、SNSやメールで今の天気を写真つきで教えてくださったり、特に生放送の番組は双方向のやりとりができて、時間を共有している感覚があって楽しいです。
声には、その人しか出せない雰囲気がある。例えば、声の質感や心地よさはそれぞれにあると思います。自分を通すことによって、情報が伝わりやすくなるといいなと考えています。
2011年3月の東日本大震災の時も、前日までラジオ石巻で番組を担当していました。パーソナリティは全員が被災。自分も生活の再建をするので手一杯だったので、復帰させてもらったのは震災の半年後からでした。被災直後の最も大変な時期に、放送に携われなかった悔しさと申し訳なさがありました。それでもせっかくまた迎え入れて頂いたからには、自分の言葉と声が誰かの役に立てるかもしれないのだから精一杯やってみようとラジオパーソナリティに戻ることができました。
最初はラジオにご出演される方に、震災当時どうだったか、どんな行動をしたのかという話を聞きました。数年経つと、当時を振り返る方が増えました。「どういう行動をしていたからよかった」、「こうすればよかった」などのお話を聞くことが増えました。逆に当時の子供たちが、大人になって震災のことを話せるようになってきたと感じています。
震災から10年以上時間が経過した今は、「次の世代にどうやって残していくか」ということを心掛けています。生まれる前の出来事で震災のことがわからない世代も、当然のことながら増えていきます。「あの時こうだったんだよ」と話しても伝わらない難しさも感じています。自分自身も防災士として、首都直下地震への備えを学んでいる東京の子どもたちに震災の経験や石巻の今を伝える活動をしています。
満足することはない
知識を持っていた方が番組の発信力や情報への信頼度が上がると考えているので、色んなことを勉強したいと考えています。むしろ大人になってから、「色んな事を勉強したい」と思えるようになりました。
例えばパン屋さんの番組を担当していますが、パンの知識を持っていた方が番組の発信力が上がると考えました。例えば「クロワッサン」の形がなぜ三日月か?ということには実は世界史が関係している…と聞くとみなさんも興味を持つきっかけになると思います。そこで、パンのことを勉強し、「パンシェルジュ検定」を受けてパンシェルジュマスター(1級)に合格しました。
他にも石巻のお茶屋さんの取材をきっかけに、石巻に「桃生茶」というお茶があることを知り、その素晴らしさを全国に広めるために、「日本茶アドバイザー」になりました。(阿部さんが取材した「お茶のあさひ園」さんの記事はこちら)物事の背景にある過程や携わる方の思いを知ると、より一層ありがたみが増しますし心が豊かになります。
振り返ってみると、自分が高校時代になりたい職業になれたことはよかったと思います。なれたからこそ、やりたいことが次から次にでてくる。満足することはないのだと思います。これからも、来るものはこばまず、巡ってきたチャンスに応えられるように、だれかのお役に立てるように、ラジオでの発信を続けていきたいと考えています。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)