「ハゲタカ」など、経済を扱った小説で知られる小説家の真山仁さん。阪神・淡路大震災での被災経験をもとに、東日本大震災をテーマにした小説の3部作を執筆しています。真山さんに東北への思いや「常識を疑う」考え方を伺いました。
思いを小説で伝える
高校時代から小説家を目指していました。新聞記者を経て、2004年に「ハゲタカ」でデビュー。「小説で世の中を変えたい」と思い、原発やエネルギー問題など、多様な社会問題を書いてきました。中でも、デビュー当時から書きたいと思っていたのが震災のことでした。それは1995年の阪神・淡路大震災を経験したからです。当時神戸に住み、フリーライターをしていて、震源からわずか10キロほどのマンションの1階で寝ていました。激しい揺れに襲われましたが、生き残ることができたのです。その後、多くの方が亡くなったことを知り、「なぜ自分は生き残ったのだろう」という後ろめたさを抱きました。その時から、自分が生き残った意味を示すためにもいつかこの思いを小説で伝えたいと考えました。
小説で伝えるメッセージ
阪神・淡路大震災から16年経った2011年に、東日本大震災が起きました。まさかこんなにすぐに大きな災害が来るとは、思いませんでした。すぐに「小説に何ができるか」を考えて、東北の被災地で取材を重ねてきました。
どんな小説を書こうかと考えた時に、まずは子どもの姿が頭に浮かびました。子どもの純粋な目線であれば、被災地の方が感じていた本音を語りやすい。そこに阪神・淡路大震災を経験した教師を登場させることにしました。また、被災した経験者だからこそ「神戸はこうだった」と言えるし、時に批判的な言葉であっても受け止めてもらえるだろうと思いました。
その教師には子供たちに、「無理するな」と伝えてもらおうと考えていました。実際に東京から被災地に応援に行った教師がいらっしゃいましたし、「阪神・淡路大震災を経験した教師が東北の小学校に赴任する」という物語で、2つの被災地をつなごうと考えたのです。
震災のときに何があったかをきちんと知っておいた方がいいのは当然ですが、生々しい映像や記録に接すると、直接的すぎて、気分が悪くなってしまう人もいる。その点、小説はフィクションであり、読者が自分から能動的に読むため、メッセージを伝えやすい。2014年に「そして、星が輝く夜が来る」を出版。当時は「早すぎるのでは」という意見もありましたが、私は「読まれるのは10年後、20年後でもいいけど、書くのは今しかない」と考えていました。その後、震災から2年後を書いた「海は見えるか」、10年後を書いた「それでも、陽は昇る」という3部作を書きあげました。震災から10年が経ちましたが、むしろこれから「当時は一体どんなことがあったんだろう」と思っている若い世代に読んでほしいです。
「常識を疑う」「先入観を疑う」
今は、何が正しいか、間違っているかがわかりにくい時代です。これだけ情報があふれていると、情報を受け取る本人が信じていれば「正しい」になってしまうからです。例えばYoutubeで発信されている情報も、それがすべて「正しい」と思ったとしても、他の人にとって「正しい」かどうかはわかりません。フェイクニュースのように発信者の意図によって事実がゆがめられた情報もあります。ぜひ若い人には「常識を疑う」、「先入観を疑う」ことを身に着けてほしいと思います。
常識を疑う思考を身に着けるためにも、皆さんにはミステリー小説を読んでほしい。特に、アガサ・クリスティの作品がおすすめです。犯人だけではなく、登場人物の全てが嘘をつくような作品もあり、どんな人が読んでも騙されてしまいます。そして、ぜひ2回読んでほしい。ミステリー小説を2回読むなんてあり得ないと思われがちですが、もう一度読み直すことで、どこで、なぜ騙されたかを考えてほしいのです。
ミステリー小説は「人をだますため」に書いているので、慣れてくると「この人はうそをついているかも」と思って読むようになります。この訓練ができていると、現実の世界でも「こういう時にクリスティの登場人物はうそをつくよね」と思うときがある。そうなると、簡単に正しいと信じるのが、いかに危ういかに気づける。
小説で鍛えられていると、世の中の見え方が変わってきます。また、小説を読むと色々な人の人生や、価値観を体感できる。若い方が大人以上の経験を積める唯一の方法だと思います。ミステリーでも、ライトノベルでもいい。ぜひ、色々な小説を手に取ってみてください。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
写真提供:真山さん