未来の「歴史マニア」に、何かを残すデザイナー

歴史を切り口に、まち歩きやグッズ制作などを行っているグラフィックデザイナーの厚綿広至さん。学生時代には歴史が大嫌いだったという厚綿さんが、郷土史にのめり込んだきっかけや、本業と趣味のすみわけ、まち歩きイベントに対する思いなどについて、話を伺いました。

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絶対的な基準がない

ぼくの本業はグラフィックデザイナーです。東京の専門学校を卒業後、東京、仙台でいくつかのデザイン事務所に勤め、2003年にフリーになりました。旅行関係のチラシやパンフレット、カタログ、広告などをつくっています。

デザイナーを志したのは、小さい時から絵が好きだったから。「好きなことを仕事にするぞ!」というポジティブな動機というよりも、自分はこれしかできないから、これで食べていこうという思い込みで選んだ職業だと思っています。

広告の難しさ、おもしろさは、絶対的な基準がないことだと思います。規格やコストの制限が多い工業や建築のデザインと違い、比較的自由度が高いグラフィックデザインは感覚が重視される仕事です。自分でいいと思って作っても、人によって評価が180度違ってしまったりする。悩むこともありますが、カンペキがないからこそ、新しいものを探して切り替えることができるのだと思います。年代によって、流行りが変わっていくのもおもしろいですね。

そんなふうに、グラフィックデザイナーとして仕事をしている一方で、ぼくの中で熱が高まっていったのが、歴史です。

歴史に興味を持ったきっかけは、高校生の時。社会の授業で、身内の戦争体験を聞いてきましょう、という課題が出たんです。ぼくは当時、歴史が大嫌いで。選択授業でも歴史を選択しなかったくらいです。でも、そういう課題が出たから、とりあえず軍人だった大叔父のところに行って話を聞いてみた。そうしたら、ふだんは穏やかな大叔父が、壮絶な戦争体験をしていることが分かったんです。230人が行って、約20人しか帰って来なかった激戦地を生き抜いた話を聞き、ぼくは、なんでこういうことを学校で教えないんだろうと思いました。みんなが知るべきことだろう、と。

それからぼくは、少しずつ自分で歴史を調べるようになりました。ほんとうにのめり込んだのは社会人になってからです。学生時代は友達と遊ぶのが忙しかったので、なかなか趣味の時間がとれませんでしたが、歳をとるにつれて、どんどん歴史が好きになってきました。

伝えづらいことをわかりやすく

そのうち歴史好きが高じて、家紋に興味を持つようになりました。家紋は、日本古来のグラフィックデザインでもあります。家紋がある場所ってどこだか想像がつきますか?実は墓地なんです。いろいろな家紋を観察したくて、一人でよく墓地を歩いていました。今も家紋は好きで、家紋グッズをつくって販売しています。

家紋を探して歩くうちに、だんだんまち歩きのおもしろさを感じるようになりました。ちょうどNHKの「ブラタモリ」が流行り始めた時期でもあって、仲間同士で宮城スリバチ学会というグループををつくったり、まち歩きを企画したりするようになりました。それが2017年ごろです。

まち歩きと言っても、旅行ガイドブックに載っているようなものではありません。マニアックな郷土史本を片手に、一見何もないように見える道や街角を歩いて回るんです。それに意外とファンがついて。今も定期的にかかわっているのは「仙台ふららん」という街歩きツアーです。その時々でさまざまなテーマで実施していますが、今年度は幕末をテーマに歩いています。そのほかにも、カルチャーセンターの講座だったり、会社の研修だったりで、ガイドを務めています。

ぼくは歴史学者ではありません。歴史はあくまでも趣味で、「自分のために楽しむもの」だったので、「仙台ふららん」や「宮城スリバチ学会」でたくさんの人から反響をいただいて、とても驚いています。2018年に発行した『安政補正改革仙府絵図(令和版)』も、もともと自分がまち歩きするためにパソコンのソフトで書いた地図です。江戸時代の仙台藩の藩政期に描かれた最後の仙台城下絵図を、関連資料から新たに再現しました。アウトプットするつもりではなかったコンテンツを外に出してみたら、予想外の反響があった。あ、実はこれ、求められていたことなんだな、ということが分かった、という感じです。

そうなると、広告屋の血が騒いでくるんです。広告という仕事の柱は、伝えづらいことをいかに分かりやすくするか、ということです。郷土史本は、知らない人が読むと分かりにくいもの。それをいかに分かりやすく、いかに噛み砕いて説明するか、ということは、歴史を専門に勉強したことがない、広告デザイナーである自分だからできることなんだと思っています。

絵図の出版やまち歩きイベントの実施で、少しは収入が得られるようになりましたが、自分の収入でいうと、グラフィックデザインが圧倒的に多いです。歴史では食べていけません。でも今、自分の熱量としては、明らかに郷土史に軸足があるように感じています。デザインの仕事をおろそかにしているわけではありません。だけど、本業をこなした後はすぐにでも、地図や資料を書いたりしたいという欲求がいつもあります。

長いスパンでものを見る

歴史が好きだと、長いスパンでものを見るようになります。1000年前は普通だし、150年前は最近だな、という気持ちになります。過去から受け継がれてきた町を、これまでの人がこう変えてきて、今がある。連続した時間の中で生きる我々が、何を残していくかに興味があります。

例えば、ぼくが今使っている地図や古地図は、過去の人が残してくれた地図です。もし今ぼくが、写真や本や地図をのこせば、未来の「歴史マニア」が楽しめる情報を残すことになる。なにかアウトプットをつくるときには、どんなものを残せば未来の人が楽しんでくれるかな、と思いながら、何をつくろうか考えています。何十年、何百年後に、ぼくがつくったものが話題になればいいなと思っています。

今、つくりたいなと思っているのは、仙台の古地図を現代の地図に落とし込んだ絵図です。『安政補正改革仙府絵図(令和版)』は、江戸時代に書かれたものなので、方位や距離感が正確ではありません。だから、いろいろな地図や資料をあたって、方位と距離が正しい過去の地図をつくりたいと思っています。ひとつひとつ調べながらの作業なので、とても時間がかかりますが、2022年の年内に完成させることが目標ですね。

自分のタイプを知る

ぼくは、パッと思い浮かんだものを突然作りだすタイプの人間です。仙台の歴史教育について、みたいな活動を起こすよりも、ひたすら何かをつくるほうに情熱を注ぐタイプです。『安政補正改革仙府絵図(令和版)』もそうで、「これをつくり直したいな」と思い、仕事柄つくり直すスキルがあったから完成させることができました。自分がどんなタイプなのかを知り、見つめることが、何かをつくるときに大切なのかなと思います。

おすすめの本
厚綿広至「安政補正改革仙府絵図(令和版)」(イーピー風の時編集部)

2018年に仙台の編集社「風の時の編集部」に出してもらった仙台の古地図。藩政期に描かれた最後の仙台城下絵図を、関連資料から新たに再現しました。発行した歴史好きの人たちに、よくここまで書いたね、と言ってもらいました(笑)。馴染みある場所をたどりながら、じっくり読んでほしいと思います。

(本の情報:国立国会図書館サーチ)



写真提供=厚綿さん

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この記事を書いた人

仙台、東北を中心に活動する広告制作会社&代理店。2019年創業。インタビューやキャッチコピーなどのコピーライティングをはじめ、パンフレットやウェブサイトなどのデザイン、ブランディング等に携わる。社員全員が食とお酒に対して貪欲であるため、六次産業化等の商品開発、ブランディングが好き。

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