岩手県南部にある一関市。世界遺産・平泉にも近いこの街で観光の中心とした地域活性化に取り組んでいるのが、株式会社イーハトーブ東北代表取締役社長の松本数馬さんです。観光地が抱える課題と解決に向けた取り組みについて、松本さんにお話を伺いました。
会社立ち上げのきっかけ
岩手県一関市の出身です。祖父の祖父は、江戸時代に呉服屋を始めたんですよね。祖父は芝居小屋や料亭をやっていて、父は「一関シネプラザ」という映画館をはじめました。ファミリーヒストリーをさかのぼってみれば、常に必要とされるものを立ち上げ、お客さんを伸ばして、だめなら次のことをやってみる…という生き方をみんなしていて、その延長に私がいました。大学から東京に出て東京で金融系の仕事をしていましたが、「いつかは一関に戻るんだろうな」と自然と考えていました。
そして、2011年3月の東日本大震災。この時私は銀行の仙台支店に勤務をしていました。1月に仙台に引っ越して、数か月経ったタイミングで震災がありました。1000年に1度と言われる震災がまさか来るのか…と思う一方、何かやることで未来が変わるのではないか、とも思いました。その時、テレビで被災された方が必死に行方不明の子どもたちや孫に呼びかける姿を見たんです。「東北の未来は、今ここにいる命にかかっている」と実感しました。
「未来の子供たちが住みたい街をつくりたい。そのためにも今を生きる人たちを巻き込み挑戦したい」。そう思って、2017年に一関で株式会社イーハトーブ東北を立ち上げました。
観光を「産業」にするためには
現在は主に観光に取り組んでいます。一関・平泉地域には世界遺産の「平泉」があり、多くの観光客が来ていますが、地域の外からお金を呼び込めているわけではありません。例えば平泉町にはコロナ前、年間約200万人の観光客が訪れますが、平泉町内に宿泊する人は、約4万人でした。(平泉町「令和3年町政要覧・資料より)
観光でもっと多くの人を呼び込み投資を呼び込んでいけば、観光が「産業」になる可能性はあると考えています。調べてみたら春夏秋は稼げても、冬なかなか人を呼び込めないので、せっかくの利益を吐き出してしまっている。そうなってしまうとお金も稼げないですし、産業にはなり切れないと考えました。
観光を産業にしていくためには、観光のコンテンツが大切です。あるものに付加価値を加えていって、もう1品買ってもらえる、もう一泊してもらえるようにしないといけないと思っています。人口は減少していきますから、人を呼び込む、もしくは投資を呼び込んでいかないといけないと思います。加えて、人材育成を何とかする必要があると考えています。最終的に経済が循環する仕組みを作らなければいけません。
そこで、平泉町では観光コンテンツの1つとして、2018年に「平泉倶楽部」という古民家を活かした宿泊施設をオープンしました。世界遺産がある平泉町は、景観条例の関係で新しい建物を立てる時には制約があります。何か工事をすると、貴重な遺跡が発掘されることもあります。それならば、今ある建物を活かそうと、空き家となっていた築150年の古民家を改修し、1日1組限定の宿をオープンしました。9人まで泊まれて1泊10万円というプランで出していますが、非日常空間が楽しめるということで、この価格でも宿泊してくださいます。コロナ前には外国人の方も宿泊してくださいました。
食事はフレンチシェフが一関市内から出張してふるまいます。「身土不二」という「住んでいる地域と同じ環境で育つものを食べることで健康を保つ」という考え方に基づいて、シェフの店から半径35km以内で食材調達を目指しています。一関・平泉の地域の「ショールーム」として、日本酒や鉄器、菓子などを見たり味わったりしていただき、お土産などに「買ってみよう」と思っていただけるといいなと考えています。
また、観光地域づくりを目指して、世界遺産平泉・一関DMO(DMO)を立ち上げました。地域の和菓子屋さん、染物店、酒造メーカーと一緒に立ち上げました。私と同世代で、Uターンをされてきたような方々と一緒になり、幅広い業種のメンバーと観光などの事業を構想することが可能です。1つの会社だけではなく、多様な業種を巻き込むことで、まち全体の動きにつなげることができると考えています。DMOでは一ノ関駅前に「ICHIBA」という拠点を作り、シェアオフィス、シェアスペースとして使っていただいています。
観光コンテンツを生み出していく
今後は観光コンテンツについてもどんどん作っていきたいです。一関に厳美渓という景勝地がありますが、そこの岩肌に映像を投影して、プロジェクションマッピングを行いました。DMO主催で企画をしたのですが、プロジェクションマッピングや光で厳美渓を彩るイベントは初の試みでした。夜のイベントであれば、宿泊を促すことができるので、ぜひ今後も考えていきたいと考えています。
また注目しているのは農業です。農業は一関の大きな産業なので、ここは考えていきたいです。もち文化があって、牛肉、豚肉、鶏肉といったブランドがあります。最近では西洋野菜の栽培も始まりました。とてもいい素材はありますから、観光面でも「美食」ということを打ち出して「食べるなら一関」というブランド化ができないかと思っています。シェフ・料理人をこれから増やしていきたいなと感じています。
自分自身、一関に生まれて、ここで死んでいく流れの中で、あと20~30年の間に何ができるかな、と考えたんです。自分は「子どもたちのために」と考えて起業をしています。今仕組みを作っておかないと、子どもたちが苦労するだろうなと考えています。その理由は自分が受けた恩をお返しするためです。
今後は、次世代育成に力を入れていきます。年商100億円の会社を1つ作るのではなく、年商1億円の会社をこの地域に100社作っていきたい。1つ1つの会社の成長を応援していき、挑戦できる地域にしていきたいと考えています。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)