岩手県で介護事業に取り組む、佐々木航さん。柔道整復師として整骨院を経営しながら、より患者さんのケアに取り組むために介護の事業を新たに始めました。そこで取り組んだ課題解決が、ITを使った職場の働き方の改善でした。介護業界の変革に向けどのようにITやテクノロジーを使うのか、お話を伺いました。
整骨院から介護福祉の事業へ
岩手県雫石町の出身です。子供のころからサッカーをしていて、プロサッカー選手になりたくて、サッカーが強い高校に進みました。高校1,2年生の時に膝の半月板やじん帯をけがしてしまい、半年から1年くらい、サッカーができませんでした。けがをして、自分自身が病院でリハビリを経験したこともあり、柔道整復師の資格を取ってリハビリについて学ぼうと、仙台の専門学校に進学しました。整骨院をやっていた父親の影響もありました。
専門学校を卒業した後、最初は東京の病院で働きましたが、父親が体調を崩し、2003年に実家の整骨院を継ぐことになりました。私が23歳くらいのことでした。そこから2年くらい、治療や骨折のケアなど、1人で患者さんの治療をしていました。最初は1日3人くらいしかいらっしゃらなかった患者さんが1日30人くらい来ていただけるようになりました。
すると、整骨院の患者さんの中に、体が弱ってしまって、介護が必要な方がたくさんいらっしゃることに気が付きました。私たちは「今までよりもよくなってもらおう」と思って治療に取り組んでいるものの、介護が必要な状態になると、整骨院の治療ではよくすることは難しくなります。「何かやりたい」と思って、自分たちで介護福祉の事業に取り組むことにしました。それが2007年のことでした。
現場の「真の課題」に取り組む
私は全く介護の知識がなかったのですが、実は母親が介護のケアマネージャーをしていたこともあり、介護の事業を始めることができました。母親はもともと、保育士をしていたのですが障害者福祉や高齢者福祉にも取り組んでおり、福祉については課題意識を持っていました。母親は常々私に「困っている人は助けないといけないよ」と話していて、それは私の原点になっています。
まずは、雫石町で日帰りで介護サービスを受けられる「デイサービス」を立ち上げました。また、介護は人と触れ合い、高齢者の方に「ありがとう」と言われる仕事なので、やりがいを感じていました。すると、「家族がいないから泊まれた方がいい」という声があり、有料老人ホームを始めました。するとすぐに満室になり、隣の盛岡市にも有料老人ホームを建てました。利用者さんや家族の思いにも答えていこうと事業が広がっていきましたが、整骨院も続けていたので両方を同時にやるのはとても大変でした。
順調に仲間も増えた2015年、転機が訪れます。恥ずかしいことに、会社の離職率がこの年28%になったのです。10人の従業員がいたら約3人が辞めていたことになります。なぜこんなに辞めるのか疑問に思って、当時一緒に働いていた仲間たちに何が大変か聞いてみました。私は介護の仕事が大変なんだろうと思っていたのですが、返ってきた答えがなんと「事務作業が大変」ということだったのです。
確かに、介護の現場で働いている方は介護士の資格を取って、もともとは介護の仕事をしたい方々です。それよりも大変なのは、介護サービスを利用する高齢者(利用者さん)の情報を管理するために発生する、膨大な事務作業でした。たくさんの書類に患者さんの情報を手書きで書き込み、その紙の管理も大変でした。この「真の課題」である事務作業の負担を軽減しようと、私たちは取り組みを始めました。
そこで注目したのがIT技術を使うことでした。もともと自分自身もパソコンなどが好きで、新しいものに取り組むのが好きでした。
そこで、紙に記録していた利用者さんの情報をパソコンやタブレットを使って打ち込むようにしました。また、利用者さんの情報をインターネット上に保存することでリアルタイムで体調を可視化することができました。タブレット端末を導入し、介護現場の様子を写真で撮影できるようにしました。写真があることで、介護士の間で情報を共有することが可能になりました。
このような工夫で、1人あたりの作業時間を1日あたり40分削減。本来の業務である、利用者さんと接する時間を確保することができました。離職率も2022年には3%まで減り、多くの人が働き続けられる職場になりました。
さらに介護業界のIT化を進めようと、東京で新しく株式会社keeperという会社を2019年に創業。今までは他の会社が開発したサービスを使っていましたが、今度は自分たちでも介護業界を変革するITサービスを開発しています。
困っていることに向き合う
介護業界については介護士不足が予測されています。高齢化が進むことで介護士も必要になり、厚生労働省の予測では、2025年度に約22万人、2040年度には約69万人が今よりも必要だと言われています。実際、今も介護人材はとても必要になっています。
厚生労働省「介護人材確保に向けた取り組み」
これだけの人数を補うのは難しいので、IT、デジタルなどのテクノロジーを使い、介護士の方の負担を軽減することが必要になると考えています。外国人労働力の活用や、介護ロボットの活用が必要になるかもしれません。もしかしたら人が介護するのではなく、ロボットが介護をしていて、人はそのロボットの操作をするのが仕事になるかもしれません。
私たちは介護に困っている人を幸せにしていきたいと考えています。利用者さんや家族、現場で働く人たち…中でも介護士の業務を改善していくことは業界が変わるきっかけになっていくと思います。
もう少し先を見据えると、日本の人口減少が加速して、高齢者の方の数がどんどん減っていくと、介護のニーズも一気に減っていきます。逆に海外での高齢化が進むので、東南アジアなどに日本の技術を売り込んでいくこともできると感じています。
振り返れば、「困っていることがあれば何とかしないといけない」という思いでこれまでやってきました。2016年には社会福祉法人を立ち上げ、知的障がい者の方、精神障がい者の方への就労支援施設とグループホームを開所しました。
その原点となったのが、小学校の低学年の時、母親が働いていた、障がいを持つ子供たちを預かる施設に足を運んだことでした。障がいを持つ子供たちと接しながら、なぜ親と別に暮らしているのか…という思いを持ったことが行動の原点でした。高齢者や障がい者とも共生する「シームレスな共生社会」を目指していきたいと考えています。
高校生の皆さんはもしかしたら介護によくないイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、介護は人と人がふれあい「ありがとう」と言われる素晴らしい仕事です。ぜひ介護の道を目指してみてください。
(本の情報:国立国会図書館サーチ)
写真提供=佐々木さん